【自転車】片山右京「エースを支えるアシストライダーの役割」 (2ページ目)

  • 西村章●構成・文 text by Nishimura Akira photo by AFLO

 自らの脚力と心肺機能のみを頼りに、生身の身体を大地にさらして連日200キロ以上の距離を走行し続ける自転車レースでは、風こそが体力を消耗させる最大の敵である。ママチャリのような自転車でさえ、強い向かい風の中を走行していると、ペダルが重くなり、なかなか思ったように前へ進まなくて苦労する――といった経験は、誰しも一度や二度くらいは心当たりがあるはずだ。そんな自分自身の体験を思い返せば、平均時速40キロから50キロ以上で走行するサイクルロードレースで、風の影響がどれほど大きいかということは容易に想像できるだろう。

 そのために選手たちは、エースを風から守るための隊列を組む。ゴール最後の数キロがスプリント勝負になるようなステージでは、エースをぎりぎりまで牽引していくアシスト選手の数は、多ければ多いほどいい。アシスト選手たちが交代で前に出て、順番に風除けとなって隊列を組みながら走行する様子は、何台もの列車が連なる姿にたとえて「トレイン」と呼ばれる。また、吹きさらしの場所で横風を避けるために風上方向から選手たちが斜めに並ぶ場合、その隊形は「エシュロン」という。

 サイクルロードレースが面白いのは、これらの戦略は単一チームの行動だけでなく、利害が一致する複数のチーム間で共同戦線が張られるところだ。1日に何百キロも走行するレースでは、最初から最後までライバル同士が角(つの)突き合わせるのではなく、最大の勝負ポイントまではお互いに体力を温存しながら交代で風を除け、ペースをコントロールしていこう――というわけだ。そのため、大勢の選手たちが形勢する「プロトン」と呼ばれる大集団や、あるいはこのプロトンから逃げを計る数名の集団の中では、異なるユニフォームの選手たちが先頭を交代しながら、一定のところまで協調して走行してゆく姿がよく見られる。

 もちろん、このチーム同士の協調や異なる選手間の「先頭交代」は、ルール上の決め事ではなく、あくまで紳士協定であるため、それぞれの思惑や駆け引きに応じて協調に乗るチームもいれば、頑(がん)として協力に応じない選手もいる。それが、一筋縄ではいかないレース展開をさらに複雑化させてゆくというわけだ。

 たとえば、メイン集団のプロトンから逃げを計る選手たちにどう対処するか、という計算や策略などは、その最たるものだろう。

 日々のレースでは往々にして、スタート直後から飛び出してメイン集団からの逃げを目論む選手たちが登場する。もちろんその選手たちの逃げは、素人のマラソン大会のような単純な行動ではなく、複雑で深遠なチーム戦略の一環である場合がほとんどだ。序盤から逃げを計る選手は、最後までそのリードを保ち続ければステージ優勝できるが、集団を形成して追いかけるほうも世界のトップクラスの選手ばかりなのだから、そのような目論見はむしろ成功することのほうが珍しい。メイン集団の側から見れば、これらの逃げは、あとで追いつけることを十分に見越した上で容認し、泳がせている場合がほとんどだ。

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