2014.05.12

【自転車】片山右京「今中大介をもう一度ツールに連れて行きたい」

  • 西村章●構成・文 text by Nishimura Akira 五十嵐和博●写真 photo by Igarashi Kazuhiro

 ちなみに、この作品が撮影された2009年のツール・ド・フランスには、新城幸也と別府史之が参戦している。日本人選手の参戦は、1996年の今中大介以来、13年ぶりの快挙だった。

 その今中を、もう一度、ツールの舞台に連れてゆきたい――。

 それが、片山が自転車ロードレースチーム「TeamUKYO」を立ち上げた、大きな理由のひとつだった。

「そもそも、自分がロードレーサーに乗るキッカケをくれたのが今中大介で、その当時はツール・ド・フランスという名前は知っていたけれども、それがどういうものかということまでは、ちゃんとは知らなかった」

 偶然にも同年齢であることに加え、同時代にそれぞれの競技分野の頂点で、たったひとりの日本人選手として様々な苦労をしたところなど、共通する背景事情もあったのだろう。

 ふたりは知り合うと即座に意気投合し、それ以来、現在まで息の長い友人関係が続いている。

「あるときふたりで、自転車で走りに行って健康ランドに泊まったことがあって、温泉に浸かりながら、なにげなく、『いつか俺、ツール・ド・北海道に出てみたいと思ってるんだよね』と言ったんですよ。そうしたら、『あ、俺、勝ったよ。3回、総合優勝したことあるよ』なんてイヤなかんじのことをさらっと言う(笑)」

 その今中が片山に、自分が参戦した1996年のツール・ド・フランスの思い出話を語った。

 エースライダーを支えるアシストとして参戦し、当時の世界チャンピオンも引いて走った。途中で逃げを打っても、後続の集団がものすごい勢いで追い上げてくる。峠の下りでは脚が熱を持ってきて、それでもひたすら走り続ける。やがて、悪天候の影響で体調が悪化しはじめた。それでも走った。だが、第14ステージでついに、タイムオーバーとなる。

「『……最後にリタイアになったときには、本当に泣いた』。そう聞いたときに、うまく言えないけど、じゃあいっちょうやってみるか、と思ったんですよ。ゴールできなかった今中を、今度はゴール地点の(パリの)シャンゼリゼまで連れて行こうって」

 そう言ったあと、「半分シャレで、ですけどね」と、片山は笑みを浮かべる。もちろん、含羞(がんしゅう)だ。

「僕の育った環境や背景に対する、今度は自分からの恩返しと、1本の映画と、そして今中大介と。それらが混ざり合って、チームを作ることになったのだろうなと思う。あくまで、だろうな、でしかないんですけれど。でも、ツール・ド・フランスには絶対に出る。そのために、必要なことはすべてやる。それしか、ないんです」

(次回に続く)

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