【自転車】片山右京「TeamUKYOが誕生したふたつのキッカケ」

  • 西村章●構成・文 text by Nishimura Akira 五十嵐和博●写真 photo by Igarashi Kazuhiro

 やがて、いくつかの市民レースで優勝するほどの実力をつけた片山は、JCRC(日本サイクルレーシングクラブ協会/市民レーサー向けに脚力・性別・年齢別でクラスを分類し、関東を中心とした年間シリーズ戦などを行なうNPO法人)のレースにも参加して、そこでも勝ちを収めるようになった。

 このころから、サイクルロードレースに本気で打ちこむ片山の姿は世間にも少しずつ浸透しはじめ、自転車専門誌以外のメディアでもその真摯な取り組みがぽつぽつと紹介されるようになった。

 そして、2009年には実業団登録をして、全日本実業団サイクルロードレースへの参戦を開始した。

「最初のころは(タイムアウトで)1周でゼッケンを外されたりしていたのが、やがて入賞するようになって、クラスもE2、E1(※)とステップアップしていったんです」

※E2、E1=全日本実業団自転車競技連盟(JBCF)が主催するJエリートツアー(JET)に参戦する際、実力によって分けられたクラスの名称。上位に入賞するとE3→E2→E1と昇格できる。

 この年には、もうひとつ大きな出来事があった。

 地域密着型のプロロードレースチーム「宇都宮ブリッツェン」が創設され、そのスタッフ兼選手としてチームに関わるようになったのだ。

 翌2010年10月に開催されたジャパンカップには、片山はこの宇都宮ブリッツェンから選手として出場を果たした。ジャパンカップは、UCI(国際自転車競技連合)がアジアツアーの超級クラスとして認定するワンデイレースで、世界の一流チームと一流選手も来日する。片山のジャパンカップエントリーは、比喩としては、草レース出身の選手が徐々に実力をつけて、F1やMotoGPの日本グランプリにワイルドカード参戦するような、そんなイメージが近いだろう。

 このレースでラスト2周まで集団につける走りで健闘した片山は、次の2011年ジャパンカップにも宇都宮ブリッツェンの登録選手として参戦した。

 そしてその翌年、2012年にUCI登録のプロロードレースチーム「TeamUKYO」がついに産声をあげる。

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