2019.11.14

北島康介の2冠よりも驚きだった
柴田亜衣の金メダル「これ五輪だよね」

  • 折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by AFLO

 柴田が金メダルという成果を得たのは、ピークをうまく合わせた田中コーチの手腕も大きい。大会前の高地合宿では、ほかの選手たちは7月24日に下山したが、田中コーチは800mに照準を合わせるために柴田の下山を4日間伸ばして28日にした。それが功を奏しただけでなく、400mで予選と決勝を泳げたことで、本命の800mでも緊張せずに臨めた。

「日本選手権で一度も勝たずに五輪チャンピオンだけど、意外と度胸は据わっていますね。引っ込み思案で努力家だけど、気持ちは落ち着いていて度胸がいい。そういうタイプですね」

 田中は、柴田の性格をそう評する。

「ただ、今回は北島くんや山田さんのほうにマスコミが集中していたので、その点では柴田は彼らの陰に隠れて、あまり期待もされていなかったのでプレッシャーを感じずにいられた。それがよかったと思います。バルセロナ五輪で優勝した岩崎恭子さんのような状態でした。彼女も日本選手権2位で代表に選ばれたから、過度のプレッシャーもなくいいレースをすることができた。柴田も、それに近い感覚だったと思います」

 強くなりたい、というひたむきな思いと努力。そして、田中コーチのピーキング戦略。さらに、無心に泳げる状況も揃っていたことが、予想外の金メダルを生み出した。

 柴田はその後、05年の世界選手権では、400mで4分06秒74の日本新を記録して2位。800mでは3位に入った。07年世界選手権の400mでも、4分05秒19の日本新で3位になり、1500mも15分58秒55の日本新で3位。08年北京五輪では400mと800mで2種目とも予選敗退だったが、金メダリストとして結果を出し続けた柴田亜衣は、2000年代の日本女子自由形を牽引した存在だった。

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