【水泳】渡部香生子「今の自分がいるのもたぶん、五輪があったからだと思う」 (2ページ目)

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by Igarashi Kazuhiro

 12年4月の日本選手権では、最初の100mで6位と惨敗した。麻績コーチは「選考会に向けてはずっと200mの練習をしていたんです。100mは自己記録より1秒くらい遅かったが、最初の25mで1秒遅れただけで残りの75mはベストの時と変わりなかったから、200mは大丈夫かなという話はしていた」という。

 だが渡部は100mの敗戦を違う形で捉えている。

「200mを狙っていたけど、100mもジャパンオープンの1分07秒10の印象が強くて。ちゃんと選考会に合わせてきたし、うまくいけばいけるんじゃないかと思っていたんです。だからあの結果は自分の中では、『なんでだろう』とかなりショックだったんです」

 しかし2日後からの200mは、周囲の心配やプレッシャーを吹き飛ばすかのように予選から確実に泳いだ。決勝では2分23秒56の自己ベストで鈴木に次ぐ2位になり、ロンドン五輪代表を手にした。渡部はこう言って笑う。

「小さい頃からそうなんですけど、コーチに怒られても家に帰ったらケロッとしている感じで、いい意味で鈍感みたいなんですね。家でも夜お母さんと揉めても、次の朝は普通に『おはよう』と言うと、お母さんは機嫌が悪いから、そこで『アッ、そうだ。昨日けんかしたんだ』って思い出すくらいなんです」

 麻績コーチも高く評価する"鈍感力"で代表の座を手にしたが、ロンドン五輪は厳しかった。

「200mは競技5日目で出番が来るまで長かったというのはあるけど、萩野くんが日本代表チームの一番手で出たレースでメダルを獲ったり、聡美さんも獲ったりで『私も続かなきゃ』って焦るような感じになってしまいましたね。レース本番ではプレッシャーもあったし緊張し過ぎたのかわからないけど、自分ではすごい落ち着いた感じで『全然大丈夫じゃん』と思っていたんです。でも泳いでみたら普段の試合ではないような何かがあって、思ったよりもタイムがでなかったんです」

 予選は2分26秒38で12位。準決勝では1秒近くタイムを落とす14位で敗退した。麻績コーチは「五輪前に足りなかったものを見つけようとちょっと力強い泳ぎの練習をさせたが、水に逆らったパワー頼みの泳ぎになり過ぎて、自分の持ち味を出せなかった」と振り返る。

「本当に悔しかったですね。私は今まで、悔しい試合があってもあまり泣くことなんかなかったんです。だけどロンドンでは、終わってからすぐに涙が出てきました。先輩たちが『五輪の借りは五輪でしか返せない』と言うけど、そういうことかと、ちゃんと分かりました」

 レース後には通路で出会った北島康介が控室まで一緒に戻ってくれて「まだこれからなんだ。こういう経験が出来たことは、逆に良かったんだ」と話してくれた。それで気持ちが楽になったという渡部は「ずっと憧れていた人に声をかけてもらって嬉しかった」と笑顔をみせた。 

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