【水泳】寺川綾、2大会ぶり五輪!
4年分の「涙」と身につけた「たくましさ」

  • 松瀬学●取材・文 text by Matsuse Manabu
  • 藤田孝夫●撮影 photo by Fujita Takao


 ターンからの浮き上がりもよかった。もうひとつの課題のラスト15m。それまで無駄な力を使っていないから、ペースが落ちなかった。スタンドの大歓声の中、左腕をぐいと伸ばして、ゴール版をタッチした。『59秒10』。電光掲示板の数字をみると、何度もこまかくうなずき、右手を高々と挙げた。

 自身の記録を0秒03更新する日本新記録。2大会ぶりの五輪キップをつかんだ。寺川がやっと、顔をほころばす。

「4年間、この一瞬を待っていた。優勝して、オリンピックの切符をとれたことはうれしいんですけど、目標の記録に届かなかったのはちょっと残念です。本番では記録でも勝負できるよう準備したい」

 意欲的なコメントも五輪を見据えているからこそである。

「一日、五輪本番を意識しながら、落ち着いて過ごすことができた。すごく集中してレースができてよかったと思います」

 もう27歳。熟成の感がある。北京五輪を逃した時は引退も考えた。だが水泳仲間の檄を受け、五輪への再挑戦を決意した。その08年の年末、東京SCの合宿を訪ね、平泳ぎの北島康介や背泳ぎの中村礼子を育てた平井伯昌コーチに弟子入りを直訴した。

 猛練習が始まった。体力や技術だけでない、メンタルの強化も求められた。昨年7月の世界選手権(上海)。100m背泳ぎは5位で悔し泣きし、同50mでは銀メダルを獲得して喜びの涙にくれた。ただ五輪では50mは実施されない。だから、「五輪メダル」にこだわり、選考会も100m一本にかけたのだ。

 今年のロンドンを「ラスト五輪」と位置付けている。この日のタイムなら、昨年の世界選手権100m背泳ぎで銅メダルが獲れていた。むろん海外のライバル勢は記録をさらに伸ばしてくるに違いない。優勝は「58秒台前半」の争いとなろう。

「ラスト15mが勝負。弱いところを鍛えて、もうワンステップ、レベルアップしたい。やるからには五輪で頂上を目指す。とにかく悔いが残らないようにしたい」

 もう悔し涙はいらない。たくましく成長したヒロインには歓喜の涙がふさわしい。

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