初マラソンで人生を変えた吉田祐也。箱根で競技人生を終える予定が... (2ページ目)

  • 佐藤俊●文 text by Sato Shun
  • photo by Sato Shun

「マラソンを走る前は、競技を続けようという気はまったくなかったです。箱根駅伝がすべてという考えが自分のなかにありました。原監督からも『おまえは実業団に進まなくてもいいんじゃないか』ということを言われたので、普通に就職しようと考えていました。ほんとあのマラソンが終わってからですよ。初マラソンであれだけ力を発揮できたということは、実業団でもやっていけるかなと考えるようになったんです」

 最終的に吉田は競技続行を決め、内定先だったブルボンにその旨を伝えた。すると吉田の意志を尊重し、快く送り出してくれた。

「僕のわがままを理解していただき、ブルボンさんには感謝しかないです。恩返しの気持ちも含めて、いろんな使命を背負って競技を続ける覚悟でいます」

 青学大時代、吉田は実業団の夏合宿に参加したことがなかったが、実業団で走っている先輩と食事に行った際、チームの話を聞いたりしていた。それでも、学生時代に思い描いた実業団のイメージとは違ったようだ。

「大学では箱根駅伝がすごく華やかで、実業団は少し地味な印象がありました。学生の頃は就職を考えていたこともあって、あまり魅力的という感じではなかったです」

 実際に入社して、実業団の世界はどう映ったのだろうか。

「自分のチームのことしかわからないですが、想像以上に自由度が高い。練習メニューを組み立てるのも監督と相談しながらやっていくので、チームですが、個人にフォーカスしてやっている感じです。デメリットは、怠けようと思えばいくらでもできること。自分自身を律して厳しくやりつつ、他人の意見も聞き、状態を見ながら練習を組み立てないと弱くなる一方です」

 またチームの雰囲気はどう感じているのだろうか。

「自粛期間中は人と接触しないように各自でやるという感じだったんですけど、それぞれが質の高い練習をしっかりやっていました。レベルの高いチームだと思いました。チームの雰囲気は、青学の先輩がたくさんいるのもありますけど、明るいです。陸上の選手って真面目で大人しそうに見えるけど、少なくともウチのチームはそういうイメージはないです」

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