2020.02.07

室伏広治は五輪優勝後に思った。
「金メダルよりも重要なものがある」

  • 折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by PHOTO KISHIMOTO

 07年の世界選手権は6位、08年北京五輪では5位に終わった。大会後に2位のワディム・デフヤトフスキー(ベラルーシ)と3位のティホン(同)のドーピング違反が発覚したため、室伏は3位に繰り上がったが、その後に両選手の処分が撤回されたため、結果的にはメダル獲得を逃すことになった。

 その後、人間が生まれつき持つ運動能力に注目するファンダメンタルトレーニングに行き着き、理学療法士のロバート・オオハシ氏たちとチームを組んで実践した。11年の世界選手権では81m24を2回投げ、36歳325日で世界選手権における男子最年長優勝。翌12年ロンドン五輪では、銅メダルを獲得した。

 このロンドン五輪では優勝記録が80m59で、次の16年リオデジャネイロ五輪の優勝は78m68。ドーピング検査技術が向上して厳格になったことで記録は低くなり、17年以降は80mを超える選手毎年2~3人にとどまっている。世界大会でも、80m台に乗ればほぼ優勝という状況だ。

 ライバルたちがドーピング検査で失格になり、あるいは疑惑を持たれるなどして姿を消してゆくなか、室伏は初めて80m台に乗せた00年から11年までの12年間のうち、シーズンベストが80mを超えなかったのは、日本選手権出場のみだった2回の五輪翌年のみ(05年、09年)。

 トップレベルを長期間維持し続けた室伏広治。記録が低迷している今だからこそ、その実績のすごさ、その価値の高さが、ますます際立つものになっている。

関連記事