2020.02.07

室伏広治は五輪優勝後に思った。
「金メダルよりも重要なものがある」

  • 折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by PHOTO KISHIMOTO

 さらに01年5月には当時世界歴代7位の83m47を投げ、8月の世界選手権では82m92で2位、02年にはGPファイナルで優勝した。03年に大阪国際グランプリで優勝した際には、6投すべてが81m超えという安定感を見せつけ、6月29日のプラハ国際では当時世界歴代3位の84m86を記録していた。

 ハンマー投げの世界記録は、現在も1986年にマークされたセルゲイ・リトビノフ(ソ連/当時)の86m74だ。しかし、室伏がこの時に記録した84m台のスローは、92年にイゴール・アスタプコビッチ(ベラルーシ)がマークして以来で、かつてはドーピング検査が甘かったことも考えれば、これは当時の実質的な世界記録と言ってよかった。また、この時の体重96㎏は、室伏が技術を究めることでたどり着いた頂でもあった。

 その勢いを駆って8月の世界選手権では初制覇を期待されたが、チェコから帰国後に腰を痛めたことに加え、大会直前には投擲練習中に転倒して右ひじを強打。出場が危ぶまれたこの出来事の影響もあって、結果は80m12の3位にとどまっていた。

 ライバルたちの誰もが、室伏のすごさを認めていた。だが、頂点までもう一歩、という状態がいつも続いていた。そしてそれは、アテネ五輪でも再現されることになったと思われた。