2019.07.24

バルセロナ五輪男子マラソン、「こけちゃいました」と壮絶な優勝争い

  • 折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by AFLO

 だが、一瞬で勝負をつけられてしまった。40km直前の短い急な下りで黄がスパート。その後の緩やかな下りから平坦になるコースでジワジワ差を広げられた。「いつもだったらあきらめないけど、あの時は『アーッ、離されていく、離されていく』という感じでした」と森下は振り返った。結局、その後の急な上りも含むコースで森下はその差を22秒に広げられて、2位でゴールした。

「ずっと続いていた上りが終わったところでふっとひと息入れたというか、気持ちが切れた瞬間があったんです。そこで行かれた」と森下は悔やんだ。

 そこは急な上りが続いたあとに少し平坦区間があり、突然3~4mの急な下り坂があってカーブしながら平坦区間につながる場所だった。5月の下見に同行して実際にモンジュイックの丘を走った時は、苦しい中でその急な短い下りを迎えた瞬間に安堵してしまいそうで危ない箇所だと、個人的に考えていた。

 のちに谷口にそのことを話すと、彼は「僕もそう考えていて、森下と競り合っていたらあそこで仕掛けるつもりでした。だから、それは(下見の時に)森下には言えないでしょう」と笑顔で話していた。

 森下にとっては、瀬古利彦や宗兄弟など世界を牽引してきた選手たちですら届かなかった金メダルを獲得するチャンスでもあった。宗茂監督は「調子のピークが来るのが1週間早すぎた」と悔しがった。森下も「帰ってきて言われたのは、『残念だったな』とか『惜しかったな』ばかりで……。有森裕子さん(女子マラソン銀メダル獲得)とは大違いですよ」と苦笑した。

 ソウル五輪後はアキレス腱痛などにも苦しみ、前年の世界選手権東京大会では途中棄権だった中山は、30㎞手前から先頭集団に離された。その後は3位争いをしながら3番目でスタジアムに入ってきたが、最後はフライガング(ドイツ)のラストスパートに屈して2秒差で4位となった。かつてのような爆発力はなかったが、底力を見せる走りだった。