東京五輪でメダル獲得へ飛翔。走り高跳び・戸邉直人が本格化した (2ページ目)

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by Murakami Shogo

 さらにその翌年からは2m42の記録を持つボーダン・ボンダレンコ(ウクライナ)のマネージャーの世話を受け、エストニアを拠点にして練習をするようになった。

「ヨーロッパに行って日本の練習と違うと感じたことは、量よりも短い練習時間で、いかに質の高い練習をするかという考え方だったことです。質を高める概念はそれまでの僕にはなかったし、強化するには量をこなすというのがベースにあったので、それを壊していく作業は大変でした。今振り返れば、そこはひとつの壁でした」

 その成果は、2014年になって出てきた。5月のゴールデングランプリで2m31を跳んだのを皮切りに、ヨーロッパでも2m30を2回、2m31を1回跳んだ。

 だが、調子を継続するのは難しく、そこからはケガに苦しんだ。初出場だった15年世界選手権北京大会は予選落ちで終わり、16年リオデジャネイロ五輪は代表を逃した。

 やっとケガを乗り越えて、結果が出たのが昨年だった。4年ぶりに2m30を3回跳び、7月のベネチアの大会では2m32の自己記録を出した。その結果を自信に変えて、昨年の秋からは、向上してきた体力面を技術面に反映しようとしている。

「去年から今年にかけてはトレーニングの量を減らし、少し技術に寄せた感じになっています。跳び方もパワーで跳ぶヨーロッパ式から、スピードや技術で跳ぶ日本的なものにちょっと戻ってきている感じで、その成果が出始めているかなと思います。ただ単に元に戻したというのではなく、違うことを知って、体力的にも向上しているからこそ、技術を生かせるようになっているのだと思います」

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