東海大、悲願の箱根優勝へ調子は上々。最大の弱点ピーキングにもメス

  • 佐藤俊●文・写真 text&photo by Sato Shun

東海大・駅伝戦記 第37回
上尾シティハーフマラソン(後編)

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 上尾シティハーフで、中島怜利(れいり/3年)は最初、少し出遅れたという。だが、阪口竜平(3年)と励ましあい、粘って前について行った。中島にとってこのレースは、絶対に結果を残さなければならなかったのだ。

 2カ月前、中島は出雲駅伝の3区を任された。エース区間で、両角速(もろずみ・はやし)監督に調子の良さを買われての大抜擢だったが、力を出し切れず、区間12位とブレーキになってしまった。東海大の出雲2連覇は霧散し、チームは3位に終わったのである。

 その責任を中島は負った。

「3区はエース区間、そこで使ってもらって連覇を目標にするなかで結果を出せなかった。両角監督の期待に応えられなかったことが本当に悔しくて......。自分が区間賞に近いペースの走りができていればと思いますし、自分のところで優勝を逃してしまったのはずっと心に残っていました」

中島怜利(写真左)、阪口竜平(写真中央)を筆頭に、上尾ハーフで東海大の多くの選手が好走した中島怜利(写真左)、阪口竜平(写真中央)を筆頭に、上尾ハーフで東海大の多くの選手が好走した 普段はマイペースで、強気の中島だが、この出雲の後は明らかに精神的なダメージが見て取れたという。西出仁明(のりあき)コーチも「もともと楽観的な人間なので、いずれスパっと切り替えてくると思っていましたが、出雲の後はけっこうダメージが大きかったと思います」と気にしていたという。

 中島は、出雲ショックをなかなか払拭できずにいた。

「出雲が終わった後、全日本でリベンジしたいと思えればよかったんですけど、なかなかそういう風に気持ちが前向きになれなくて......。高校の時から大きな駅伝で失敗したことがなかったんで、ちょっと自信を失っていました。全日本でも使ってもらえなくて、ここ(上尾ハーフ)で結果を残せないと出雲が終わってから気持ちを切り替えることができずに箱根に入ってしまう。それは避けたかったんです。ここで自信をつけて、箱根のスタートに立ちたいと思っていました」

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