箱根駅伝V候補、東海大で懸念された「長距離への不安」が解消された (2ページ目)

  • 佐藤 俊●文・写真 text & photo by Sato Shun


 3大駅伝レース初陣となった出雲駅伝では1区を疾走。区間賞の走りで流れをつくって優勝に貢献し、「東海大に阪口あり」を他大学に強烈に印象づけた。それ以降、青山学院大の原晋監督や神奈川大の大後栄治監督から「怖い選手」と要注意人物に挙げられ、箱根駅伝でも阪口のことをライバル大学は非常に警戒している。

「他大学の監督さんに褒められたり、怖い存在として名前を挙げていただけるのはすごくうれしいです」

 阪口は小さな笑みを浮かべて、そう言う。

 他大学が警戒する阪口のよさは、気持ちの強さ、そして抜群の運動神経を活かした高い走力とスピードだ。とりわけ残り200mのラストスパートの強さが彼の長所だが、阪口本人いわく「ハイペースで押していってラスト1000mでの切り替え」が持ち味だという。将来に向けてのビジョンも、「箱根はあくまで通過点です。将来は3000mSCなどいろんな種目をやりつつ、いずれは5000mに絞り、カタールの世界陸上や五輪に出て活躍したい」と明確だ。

 箱根駅伝に向けて、阪口は好調を維持している。

 12月20日のポイント練習でも自らスタートを遅らせ、スピードを上げてついていくなど自分なりに考えて調整していた。練習後の充実した表情や落ち着いた佇まいからは相当な自信がうかがえる。出雲の時は強い選手だったが、ここにきて"凄み"すら感じるほどだ。

 しかし、ここまですべてが順調にきたわけではない。阪口が今の姿に至るのは出雲以降、大きな試練を乗り越えてきたからでもある。

 全日本大学駅伝前日の記者会見場、そこに阪口がいた。

 区間エントリーが発表され、大会当日の朝には3人までエントリー変更ができることになっているが、チームに帯同しているはずの選手がここにいるということはレースに出走しないということを意味する。出雲優勝の功労者であり、全日本も十分に戦える力があるがゆえ、メンバーから外れることはないと思っていたが、まさかの落選だった―――。

 その理由について、思い当たることがひとつあった。

 全日本大学駅伝の約2週間前、大学構内でポイント練習が行なわれた。調整とは言いながらも実は出走メンバー選考を兼ねた非常に重要な練習だったが、そこで阪口が遅れたのだ。その状況を東海大・駅伝戦記(第12回)に書いたが、その時、阪口は深い悩みの淵にいたという。

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