2017.01.15

【月報・青学陸上部】いま明かす
田村和希の失速、下田裕太の激走の真実

  • 佐藤 俊●文 text by Sato Shun photo by Nikkan Sports/Aflo


「前半、早いペースで走って、結構汗をかいていたんですが、途中冷たい向かい風のせいで、それが冷えて体温がぐっと下がったんです。それで体が動かなくなるし、吐き気が止まらないし、状況は悪くなる一方でした」

 背後にいた原晋監督が乗る車からは「大きく息を吸って、大丈夫。仲間が待っているよ」と声がかけられた。沿道からは「頑張れー!」という声が飛んだ。だが、フォームが崩れ、足が前に出ない。1km、3分24秒までペースがダウンした。原監督の表情が曇る。大舞台でのあまりにも大きな試練に田村和は、懸命に抗(あらが)っていた。

 8区の平塚中継所にいた下田はサポート役の吉永竜聖から田村和の状況を聞いた。

「田村は暑いのが苦手というのは3年間一緒にやってきてわかっていましたし、箱根を走る前に『今回は暑くなるからお前、ヤバイかも』っていう話をしていたんです。だから想定内っていうのはあったんですけど、あそこまでになるとは思っていなかった」
 
 田村和は抜かれるかもしれない。だが、早稲田大に抜かれても下田はトップを取り戻す自信があった。この日のためにしっかりと調整してきており、絶好調だったのだ。それゆえ、襷をなんとかつなげてほしいと祈っていた。

 田村和は、歯を食いしばって走っていた。

「本当は止まりたかったです。たぶん、マラソンとか個人のレースなら止まっていたと思います。でも、駅伝は簡単にやめられない。9区の(池田)生成さん、10区の安藤(悠哉)さんたち4年生は陸上競技人生最後のレースですし、ここで途切れたらみんなに申し訳ない。絶対に襷を下田に渡す、その一心で走っていました」 

 その強い想いとは裏腹に田村和は、KO寸前のボクサーのようだった。出雲駅伝、全日本駅伝と力強い走りで優勝に貢献した田村和が、なぜこんな状態に陥ってしまったのか。