マイナーゆえの手厚い強化が、荒井広宙の競歩五輪初メダルを生んだ (2ページ目)

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by JMPA

 結局、担当理事会では「妨害行為はなかった」と判断して、試合終了から3時間後に荒井の銅メダルが確定した。荒井にとっては余計な騒動に巻き込まれて気持ちを翻弄された3時間だった。

 気温22度、強い日差しが照りつける中でスタートしたレースは、世界記録保持者のヨアン・ディニ(フランス)が1周目から抜け出し、その後も1周(2km)あたり8分50秒を切るペースで飛ばす展開になった。その後もディニは差を広げるが、彼は世界大会で最初に飛び出しても最後は失速するというパターンがよくある選手。昨年の世界選手権優勝のトートや2位のタレントなどはディニを追走せずに、レースが落ち着いた6km過ぎには9人で追走集団を形成した。

 日本勢の中で森岡紘一朗(富士通)は「現状では入賞狙いをする力しかなかったので、第2集団で行って、終盤に落ちてくる選手を拾うつもりだった」と後ろに下げたが、昨年の世界選手権銅メダリストの谷井孝行(自衛隊)と荒井はトートらその追走集団につけた。

 その集団も8km過ぎからペースを上げると、「6月からずっと動きがかみ合っていない不安がある中、現状に合わせたレースをするかメダルや入賞を狙うレースをするかで葛藤した」という谷井が21km過ぎに脱落。これで事実上、日本のメダルの夢は荒井に託された形となった。

 そんな状況の中、「練習量自体は変わっていないですが、昨年の世界選手権以降はケガもなく練習を継続させられたのは大きい」と話す荒井が冷静なレースをした。中盤以降のタレントやダンフィーの飛び出しにも過剰な反応をすることなく、マークする相手を状況に応じて冷静に変えながら歩くと、40km手前では5人でトップ集団を形成してメダルに近づいた。そこからタレントが飛び出すと、トートについて、44kmではふたりだけでタレントを追う形に持ち込み、メダル獲得の可能性を大きくした。その後すぐにスパートしたトートには置いていかれたが、単独で3位を歩く。49kmでダンフィーに追いつかれたが、問題となった接触シーンの場面で再び突き放して3位でゴールした。

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