2014.06.28

【続・東京マラソンへの道】中島彩「24時間マラソンで学んだこと」

  • 中島彩●文・写真 text by Nakajima Aya TOBI●撮影 photo by TOBI

待ちに待った配給のパスタを完食。このときは元気だったのですが......待ちに待った配給のパスタを完食。このときは元気だったのですが......  これが、失敗でした。それから数十分後、急に胃のあたりが気持ち悪くなってきたのです。「急いで食べ過ぎたかな?」と思った瞬間、たまらず嘔吐してしまいました。どうやら、日中の暑い状況で身体を酷使したため、内臓にも負担がかかっていたようです。さすがに私は初めてコース上で足を止め、すぐさま休憩テントに戻りました。その後も吐き気は収まらず、私はテントとトイレを何度も往復。脱水症状に似たような体調になり、身体も冷えてきました。そして、何度目かのトイレの往復の最中、私は道の途中でばったり倒れてしまったのです......。

 そのとき、その現場を見ていた女性ランナーの方が、私を助けてくれました。そして一緒にテントに戻ると、いろんな女性ランナーの方が「大丈夫?」「この漢方薬を飲んでみて!」「栄養ドリンクあるよ!」と、みなさん総出で看護してくださったのです。愛情あふれる言葉の数々をいただき、少しずつ元気になってきました。「ここで終わるわけにはいかない」。そう思った私は、再び雨の中を走り始めようとしました。すると、「このレインウェアは温かいから使って!」と、テントにいた女性ランナーが貸してくれたのです。さすがに私の涙腺は、限界を迎えました。夜明け前の真っ暗なコースを、私は号泣しながら走ったのです。

☆ひとりで走っていても感じたチームとしての一体感

 そして、開始から16時間。夜明けとともに吐き気は収まりましたが、今度は下痢になりました。1周1.3キロを走るたびにトイレへ......。ゴールを目指しているのか、トイレを目指しているのか、分からなくなってきました(笑)。

 朝の配給は、お味噌汁とおにぎり。弱り切った私の身体は固体の食べ物を受けつけず、お味噌汁だけいただきました。そして段々と太陽が昇り、寝ていたランナーも起き出してくると、コース上は再び賑わいを見せ始めました。その時点で、スタートして18時間(朝7時)。こんなにも長く一緒に走っていると、他のランナーとも仲良くなり、声を掛け合うようになってきました。「中島さん、ずっと頑張っているよね!」と、嬉しい言葉をかけてもらえると、個人レースなのにチームとしての一体感が芽生えてきたのです。この瞬間、走っていて本当に良かったと改めて思いました。

 そしてゴールの午後1時まで、あと数十分――。私は、いろんなことを思い出していました。私が本格的にランニングを始めたのは、名古屋の放送局時代。名古屋ウィメンズマラソン2012を完走するための番組で、なかば強制的に取り組んだことがキッカケでした。私は走ることが不得意で、いつも息を切らしながら練習を積み重ねました。そして、なんとか半年間の練習の末にフルマラソンを完走し、その達成感が忘れられなかった私は、東京でフリーアナウンサーとなってからもランニングライフを続けるようになったのです。