「次の目標は9秒96」。桐生祥秀が巻き起こす日本短距離界の競争激化 (3ページ目)

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi
  • 藤田孝夫●撮影 photo by Fujita Takao

 そう話す桐生の急成長の要因として、体幹の強化と、昨年の夏頃まで苦手意識があったスタートを落ち着いて出られるようになったことがあるだろう。それによって持ち味である中盤からの加速に磨きがかかってきた。

 そんな桐生の走りを、大阪ガスの朝原宣治コーチは「ギアの切り替えがうまい。5速あるとすれば5速までをちゃんと使ってレースをしている」と分析する。

 また伊東部長も「骨盤を大きく使った後半の走りは黒人選手なみ」と評価する。だが、そう言ってもまだ高校生。伊東部長は「今日、桐生が私に話しかけてきた第一声は『外国人がいっぱいいます』というものでした(笑)。走りは世界で通用するものに近づいてきているが、心の部分はまだ高校生かなというのを、この大会で感じました」と言って笑う。

 その伊東部長が10秒00を出した98年以来、更新されていない日本記録。17歳の桐生が10秒01を出したことで、9秒台も近い将来には出るはずだという状況になってきた。

 だが彼の功績はそれだけではない。これまでは目標にはしていても、各選手にとってはベールに包まれているような状態だった9秒台の可能性を彼が明確に示したことで、山県やベテランの江里口匡史など、10秒0台の記録を持つ選手が9秒台をよりいっそう意識し、狙おうという気持ちになったことは日本短距離界にとって大きな進歩だ。

 さらに、織田記念の200mで10秒28の自己新を出しながら、100mで桐生の10秒01にショックを受けていた飯塚が、4日後の静岡国際陸上では、「200mでは負けていられない」と、世界陸上派遣設定記録を突破する日本歴代3位の20秒21を出した。

飯塚もまた、「200mで19秒台を出しても、9秒台のあとでは注目されないだろうから、先に出したいですね」と、得意種目200mでの大台突入を明確な目標にしている。

 桐生が巻き起こした「100m9秒台と200m19秒台に誰が最初に到達するか」という日本陸上短距離界の争い。03年の末續慎吾の世界選手権200m銅メダル獲得以降、表彰台はリレーだけに偏っていた日本男子短距離の進化が、これから加速度を増していくのは確実だ。

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