【陸上】100m日本記録保持者・伊東浩司が考える「9秒台の選手の育て方」 (2ページ目)

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi photo by Oriyama Toshimi

 伊東や朝原宣治が100mで9秒台に近いタイムで走っていた頃でさえ、世界のトップとはまともに戦えなかった。ましてや今は、9秒台で走ったとしても、世界選手権や五輪で必ず決勝に残れる時代ではない。そのため伊東は、9秒台を目標にするのではなく、あくまでもレースに勝つことを目標にして「決勝に残るためには何が必要か、と考えるべきで、勝つために、まずは9秒台という発想でなければダメ」と言う。

 また、伊東や朝原が現役の頃は、海外の大会を転戦することが多かったが、最近は個人で積極的に海外のレースに出る選手が減った。08年北京五輪で男子4×100mで銅メダルを獲って以来、今の選手にも世界で戦えるようになりたいという意識はもちろんあるのだろうが、「どこか冒険心が希薄になった」と伊東は感じている。

「あとは、複数の種目に挑戦する選手を優遇したいですね。グンと記録が伸び出す時というのは、絶対に複数やっているんです。朝原や末續慎吾もそうだったし、高野進さんも400mで世界へ行く前は100mや200mもやっていた。

 200mで世界選手権出場を目指す高平(慎士)にしても、200mを19秒台で走るには100mの9秒台は必須だから、もっと100mで勝負をかけていって、今より200mのトレーニング比率を下げる方法もあるのではと思っています。

 それから、今の日本の100mの好記録は、特定の高速トラックで出ている記録が多いことも見逃せないです。たしかに、記録が出るから高速トラックで開催される大会に日本のトップ選手が全員出場する、という考えもあるだろうけど、そこを回避する戦術もあると思うんです。たとえば、90年代後半に400mハードルで競り合っていた苅部俊二や山崎一彦、斉藤嘉彦は同じレースではほとんど走らなかった。それは、私と朝原も同じで一緒の大会では走らなかった。そのうえで、世界レベルで戦うために、さまざまなアプローチ法を考えた。そういうことを今の選手にも意識してもらいたいですね」

 伊東は、自分が選手から求められるものは「彼らが走ったことがない10秒00に到達するための練習方法のアドバイス」と考えている。今の選手たちの練習を見ると甘いと感じる部分はあるが、自分自身の「こういうことをやって劇的に記録が向上した」という経験を伝えていくことも自分の役目だと意識している。

 また、これまでの日本代表合宿は、リレー練習以外は完全に個人で行なうスタイルだったが、伊東はある程度グループに分けて、選手同士で刺激し合うスタイルに変えていこうとしている。さらに、練習の最後には全員がトレーナーの指導でストレッチをするなど、チームとしての一体感を持たせようともしている。

「私の役割のひとつに、北京五輪のリレーでメダリストになった塚原や高平といかに話をして、評価をしていくかがあると思います。(ひとつのチームとして)彼らメダリストと他の選手との距離感は大事にしなければいけない。同時に、メダルを獲った後の競技人生というのは、日本では今までに例が少ないから、彼らがやりやすい方法も考えてあげなければいけないと思います」

 選手ごとに、「どういうタイミングで、どう声をかければいいか」ということも含め、各選手の専任コーチとの連絡を密にして、どうしていくべきかをジックリ話し合う。これまでは体制が変わる度にスタッフが代わっていたが、次の体制でも指導をするコーチを育成することで、日本代表チームとしての継続性を持たせたいという狙いもある。

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