国枝慎吾、燃え尽き症候群で「もう辞めるべきか」。ウインブルドン初優勝へ気持ちを取り戻せた転機とは?

  • 内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki
  • photo by AFLO

最後の試合と思った全豪決勝

「寂しさを感じるというのは、そういうことなのかな。そろそろ辞めるべきなのかな」

 こみ上げるその思いを無理に打ち消すこともなく、彼は自分自身に「その時がきたのか?」と幾度も問いかけた。昨年末、オーストラリアに旅立つ際にも「全豪オープンで優勝するぞ、という気にはなかなかなれなかった」と打ち明ける。

「なにも見えない状態で、テニスはぼんやり続けていた」という日常は、全豪オープンを戦いながらも続いた。決勝戦のコートに向かう前、ロッカールームの鏡のなかの自分に「俺は最強だ!」と檄を飛ばすも、返ってくる言葉はない。

「これが、最後の試合になるのかもな」

 幾度も心に浮かんだ疑念が濃くなるのを感じながら、国枝は決戦のコートへと漕ぎだしていた。

 ところが......である。そんな状態でコートに入ったにもかかわらず、決勝での彼は「キャリアでベストの試合ができた」という、不思議な領域を体験した。

 とりわけ自分でも驚いたのが、最終セットで2本連続放ったバックハンドでのダウンザラインのウイナー。

「あんなショットは、練習でも打てたことがない」

 それは、3時間に迫る長い試合のなかで、何百と打ったショットのうちの、たった2本である。だが、「自分でもどう打ったかわからない」という一打は、国枝があきらめかけていた"未知なる自分"と出会える希望となった。

「あれは今までにない手応えで。あのあと、日本に帰ってから再現しようとしても、なかなか難しかったんですよ」

 少年のように目を輝かせ、38歳のレジェンドが語る。

「あのショットを打つ自分を、めっちゃ何回も動画で見ました。『どうやって打ってるんだ?』って思いながら、スローモーションにして何度も見直して」

 その作業をくり返すうちに、思ったという。

「このショットをまた目指して、テニスをやっていくのも面白いな」......と。

 たった1本の、会心のショットを打つ快感への、あくなき探求。シンプルなその理念が国枝を駆り立てたのは、それこそがテニスに魅入られた「原点」だからだ。

2 / 3

厳選ピックアップ

キーワード

このページのトップに戻る