2021.11.14

「メダルよりも自己ベスト更新」。パラ競泳・富田宇宙が記録にこだわり続ける理由とは?

  • 佐藤俊●文 text by Sato Shun
  • photo by ロイター/アフロ

 木村は、金メダルを獲ることに執着してきた。富田は、金メダルを獲れなかったことではなく、自己ベストを更新できなかったことに対して悔しさを見せた。

 なぜ、メダルよりも自己ベストを優先しているのだろうか。

「僕にとって金メダルは重要ではなかった。それを聞いた木村君は相当不快に思ったみたいです。それで、僕もその時、本当は金メダルがほしいのに逃げているだけなんじゃないかって自問したんです。だけどやっぱり金メダルへの欲はなかった。そこにこだわると頑張れないからです。僕は自分の成長にフォーカスしています。それだとどこまでも努力できるし、頑張れる。そこで金メダルという不確かなものに体重をかけると、頑張れないんですよ。そこが木村君の強さで、僕の弱さかもしれないけど、僕はその考えを変えようと思いません」

 富田の考えを理解するには、彼の競技環境を理解する必要がある。パラ競泳の世界は、障害によってクラス分けされており、クラスと種目によっては国内だとひとり、あるいは数人、国際大会でも規模によって数組しかいないという場合があり、そのメダルの価値が疑問視されているという背景がある。富田はかねてより100m自由形で木村よりもはやいタイムを持っており、パラリンピックでの金メダル獲得が期待されていた。だが、その種目はメダルの価値を保つことを理由に削除されることになり、富田は大きなチャンスを失った。

「この時、メダルとか、順位とかにウエイトを置いても自分がぶらされてしまうだけだと気がついたんです。それに、たとえば国内レースでは極端に人が少ない400m自由形だと、一昨年も昨年もひとりで泳いで金メダルなんですよ。支援してくださっている企業に、また金メダル獲りましたと言ったところでその価値を理解してもらうことは難しいじゃないですか。じゃあ企業に自分の頑張りを何で伝えられるかと言うと、タイム、自分の成長しかないな、と思うわけです。そういう経緯で、フォーカスするところが自己ベストの更新になっていったんです」

 富田は、200m個人メドレーでも銅メダルを獲得し、合計3個のメダルを得た。大会前、パラリンピックに興味を持ってくれている人は少ないと感じていたが、いざ大会を終えてみると、「東京パラリンピックのパワーは非常に大きかった」と感じた。

「僕個人の活躍というよりも、選手達のパフォーマンスが発するパワーが小細工抜きに皆さんを感動させる力を持っていました。また、驚くほど多くの人から好意的な感想をいただいて、思った以上にみなさんに届くんだなと思いました。ただ、パラの持つポテンシャルはもっと大きいはずです。今回、東京パラリンピックをきっかけにつながったみなさんとパリに向けて一緒に発信し続け、もう一段階、パラリンピックムーブメントを大きくさせていきたいですね」

 次のパリパラリンピックでは35歳になる。パラアスリートの競技人生は健常者よりも息が長いが、継続は容易ではない。富田は「以前の結果にしがみつくことはしたくない」と語る。

「僕は、元なになにというのが好きじゃないんです(笑)。常にプレーヤーでいたいし、チャレンジャーでいたいから競技は続けます。だけどそれだけになるつもりはない。スポーツをやってきて、スポーツのパワーを学びました。一方でスポーツだからこそ届かない人たちがいることも実感しています。だからその枠を超えてチャレンジしたいんです。今、考えているのは、僕が障害を負う前に持っていた宇宙に行く夢を、障害者として叶えたいということです。そうすることで、みなさんによりポジティブなメッセージを届けられると思うので」

 富田は、小中学校などで講演し「ありのままの自分を活かして自分らしい人生を歩むことの大切さ」を伝えてきた。それを自ら体現していくことで、より強烈なメッセージを多くの人に届けてきた。今後もそうして社会との接点を深め、自らの存在感を示し、価値を高めていく──。

FMヨコハマ『日立システムズエンジニアリングサービス LANDMARK SPORTS HEROES

毎週日曜日 15:30〜16:00

スポーツジャーナリスト・佐藤俊とモリタニブンペイが、毎回、旬なアスリートにインタビューするスポーツドキュメンタリー。
強みは機動力と取材力。長年、野球、サッカー、バスケットボール、陸上、水泳、卓球など幅広く取材を続けてきた二人のノウハウと人脈を生かし、スポーツの本質に迫ります。
ケガや挫折、さまざまな苦難をものともせず挑戦を続け、夢を追い続けるスポーツヒーローの姿を通じて、リスナーの皆さんに元気と勇気をお届けします。

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