2021.05.22

東京パラ、マラソンのメダル候補。37歳新星・永田務は「劣等感が強み」

  • 星野恭子●文 text by Hoshino Kyoko
  • photo by Kyodo News

 走り始めたのは小学校時代。肥満児だったのでダイエット目的で走り出すと、痩せていくにつれ速くなり、夢中になった。中学から高校、さらには卒業後に入隊した陸上自衛隊高田駐屯地でも陸上部で走り続けた。

 そのうちに、スピードが伸び悩むようになったが、走ることは諦めなかった。「長距離を走ることには抵抗感も苦もない」と、マラソン(42.195km)を超える距離で競うウルトラマラソンに可能性を見出した。ウルトラマラソンには100km走など一定の距離のタイムを競う競技と、24時間走など一定時間内の走行距離を競う競技がある。世界的にも人気があり、IAU(国際ウルトラランナーズ協会)主催で世界選手権も開かれている。

「この道しかない」と日本代表入りを目標に練習を積んでいた2010年12月、悲劇が襲う。自衛隊除隊後に転職していたゴミ処理会社での作業中、右腕が機械に巻き込まれた。開放骨折の重傷と、強く引っ張られたことで首から右腕にかけての神経を損傷した。その後、10回以上の手術を受け、入院生活は1年以上に及んだが、右腕には筋力低下やまひが残った。しびれで肩まで上がらず、指先でモノはつまめるが、握ることはできない。

「腕1本くらいなので、走ることには関係ない。脚があれば走れる。右腕が振れないなら、左で頑張ればいい」

 不屈の男は再び走り出した。そして、2015年6月、「第30回サロマ湖100kmウルトラマラソン 兼 IAU100km世界選手権2015日本代表選手選考会」に健常者に混じって出走。6時間36分39秒で2位に入って日本代表に選出され、同年9月、オランダでの世界選手権に出場した。事故前に掲げた目標をきっちり果たした。