大谷桃子、全米で感じたトップ選手の誇り「窮地になっても自分を疑わない」 (2ページ目)

  • 荒木美晴●取材・文 text by Araki Miharu
  • photo by Getty Images

 タイブレークで上地に敗れたことについても、「キャリアが浅いことを負けた理由にしたくない」ときっぱり。「車いすの経験が少なくても、トップに近づくためにはどうしたらいいかと、アメリカでより考えるようになりました。もともと、私は同じことを繰り返すのは得意なんですが、新しいことを吸収するのに時間がかかるんです。しかも慎重な性格で、本来は"石橋を叩いて、叩いて、それでも渡らない"というタイプ。だけど、それでは勝てないとはっきりした。チャレンジして殻を破り、自分のプレーを追求することが成長につながる。そういうことを、全米オープンで学びました」

 続いて始まったクレーコートシーズンの試合は、実に昨年8月のブラジル遠征以来と間が空いたこともあり、大谷は渡仏後、まずは前哨戦と位置づけるフレンチ・リビエラオープン(ITF 1/9月28日~10月3日)にエントリー。元世界1位で2017年に引退し、昨年復帰したリオパラリンピック金メダリストのジェシカ・グリフィオン(オランダ)に準々決勝でフルセットの末に敗れたが、強敵相手にクレーコートでの実戦感覚を磨くことができた。

 ローランギャロスの赤土のコートは、4大大会のなかでもっとも過酷と言われる。球足が遅く、バウンドはより弾むとされ、「生き物」にも例えられるサーフェスだ。健常の選手が足を滑らせるように、車いすも車体ごとスライドすることがある。さらに、車輪の轍ができ、そこにタイヤがはまることもある。1ポイントを取るために、あらゆるショットを駆使しなければならず、同時に車いすの選手にとっては高いチェアワーク技術が要求されるタフなコートだ。

 大谷は小学3年からテニスを始め、高校時代はインターハイに出場。高校卒業後に病気治療の副作用で、車いすに乗るようになった。一度はコートから離れたが、2016年に車いすテニス選手として復帰した。チェアワークスキルの向上は、車いすテニスを始めた頃から現在に至るまで"最大の課題"と自覚しており、なかでもクレーコートは苦手意識がある。

2 / 3

厳選ピックアップ

キーワード

このページのトップに戻る