2017.10.01

リオパラ50m自由形銅メダルの
山田拓朗は「片手バタフライ」も挑戦

  • 荒木美晴●取材・文 text by Araki Miharu
  • 佐山篤●写真 photo by Sayama Atsushi

 生まれつき左腕の肘から先がなく、幼いころから水とともに生きてきた。幼稚園の時にはすでに4泳法をマスターし、一般の大会でも上位に入るなど、活躍が光っていた。

「パラリンピック」を意識したのは、2000年のこと。シドニー大会で当時の所属チームの先輩だった視覚障がいの酒井喜和さんが、男子100m背泳ぎで優勝。帰国後にキラキラと輝く金メダルを見せてもらい、少年の夢は広がった。

 2度目のパラリンピックとなった2008年北京大会では100m自由形で5位。その先をイメージし、進学した筑波大ではオリンピックを目指す選手と肩を並べて練習し、2012年ロンドン大会では50m自由形で4位となった。卒業後は、2015年11月からロンドンオリンピック銅メダリスト・立石諒選手らトップアスリートを育てた高城直基コーチに師事している。高城コーチは、山田の入水時の姿勢に改善の余地があることを指摘。入水時の姿勢が悪いと水の抵抗を受けてしまうことから、水平姿勢を維持するためにインナーマッスルを鍛えるトレーニングを課してきた。

 山田の専門である50m自由形では、スタートがタイムのカギになる。高城コーチの指導のもと、スタートから浮き上がりの初速に磨きをかけた山田は、さらに呼吸数を減らした。これまで山田は、50mを2回の息継ぎで泳いでいたが、リオでは1回にした。S9は脳性麻痺の選手もいるクラス。両手が使える彼らに勝つために、泳ぎの精度を高めてきたのだ。