「死ぬ気で跳ぶのはもう無理だな」体操・寺本明日香が引退を悟った瞬間。最後の舞台は「これからはあなたたちだよ」と伝えたかった (3ページ目)

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi
  • 近藤みどり●撮影 photo by Kondoh Midori

「これからはあなたたちだよ」

ーースピードスケートの小平奈緒選手も今年のシーズン最初の試合をラストレースにすると発表しています。あとに続く選手につないで現役を終えるという点で似ていますね。

寺本
 10年以上も日本代表としてやってきたら、引退の時はやっぱり大切にしたいというか。たぶん、どんな演技でも見てくれるだろうなと思ったのと、「見たい、見たい」と言ってくれる友達もたくさんいたので、本当にその気持ちだけで。演技会じゃないけど、点数も関係なく演じたところはありました。

 自分が演じて何かを残したいというか、「これからはあなたたちだよ」というのを、後輩たちに伝えたかったです。世界選手権や五輪に1回出るだけでもすごいことだけど、やっぱり日本の女子を引っ張っていってもらいたいし、みんなに応援されて尊敬されて、頼られる選手になってほしい。

 それを言葉よりも、背中で見せる最後の終わり方を見てほしかったです。だから最後の試合は、点数は全然出ていなかったけど、私は幸せだったと思います。

この記事に関連する写真を見るーー東京五輪へ向けての最後の戦いはアキレス腱断裂からの復帰途上でしたが、そこで挑戦をやめる選択肢はまったく考えなかったのですか?

寺本 体ともだいぶ相談しました。やりたい気持ちはいっぱいなのに、やればやるほど痛みがひどくなるので、ダメだなとも思って。アキレス腱を切ってから一番怖かったのは、足のつま先で蹴る動作でした。一番影響がある床は結局、技のレベルを落としたけど、跳馬は「チュソビチナ」を絶対に戻したかった。でも助走で左足は蹴ることができず、かかとから着くベタ足のような走り方になって、そのうち反対の右足も古傷が痛み出しました。

 五輪選考会の時は痛み止めを2回打って体に無理をさせたからまだマシだったけど、跳馬の助走に関しては結局、目指していたレベルには戻りませんでした。でも五輪への挑戦を途中で断念するというのはどの選手にもないことだろうし、私の選択肢にもなかったですね。プライドというより、決めたことだから最後までやりたい、自分に負けたくないという気持ちでした。

 最後の全日本も痛みで練習ができず、調整と体のケアの毎日で1年ぶりの試合だったけど、やると決めたので経験だけで何とか演じました。あんな演技ができたのは本番だけ、という感じでした(笑)。

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【プロフィール】
寺本明日香 てらもと・あすか 
1995年、愛知県生まれ。ミキハウス所属。16歳で初出場の2012年ロンドン五輪で団体8位。2016年リオ五輪では個人8位、団体4位入賞を果たした。2019年世界選手権ではキャプテンとしてチームを引っ張り、東京五輪の団体出場枠獲得に貢献。2020年2月に左アキレス腱断裂のケガを負う。翌2021年全日本選手権は6位に終わり、3回目の五輪出場は逃した。2022年全日本選手権を最後に現役引退した。

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