清水宏保、ソルトレークシティ五輪銀メダルの壮絶な裏側。まともに「ズボンも履けない」腰痛を抱えていた (2ページ目)

  • 折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by Kyodo News

【執念のベストレース】

 2月11日から始まった五輪でのレースの清水は、そうした状態だったことを微塵も感じさせなかった。初日の1本目は「スタートがちょっと出遅れ、滑り自体もよくなかった」と清水は言ったが、100mを9秒51で通過し五輪新の34秒61で滑りきった。世界記録を出した時の通過タイム9秒45よりは遅かったが、見ている側は、強い清水が戻ってきたと感じた。

 次の組で滑ったフィッツランドルフが34秒42でトップに立つと、最終組で清水とともに優勝候補に挙げられていたウォザースプーンはスタート4歩目でスケートの先を引っかけて転倒するアクシデントに見舞われた。清水の1本目は0秒19差の2位ながらも、フィッツランドルフのこれまでの実績を見れば、五輪連覇は確実になったかに思えた。

 清水が「びっくりしたというより正直ショックのほうが大きかった。彼と勝負したい気持ちが強かった」と話した、ウォザースプーンの転倒。だが、ウォザースプーンは翌2月12日の2本目では、第1組で34秒63と意地を見せた。第17組アウトレーンスタートの清水も、100m通過はシーズン最高の9秒47と前日よりいい滑り出し。しかしコーナーがきついインレーンを滑る第2カーブで少しバランスを崩し、直線の出口では外に膨らんでしまった。1本目よりタイムを落とす34秒65。2本合計は1分9秒26だった。

 そして最終組のフィッツランドルフは、第2カーブで少しバランスを崩して手をつきながらも34秒81でゴール。2本の合計を1分9秒23にし、清水を0秒03差で抑えて優勝を決めた。

「長野五輪からここまで、世界記録を出すことと五輪チャンピオンになるのが目標と言うか、やるべきことだと思っていました。結果は出なかったが、やるべきことはやってきたと思います」

 こう話す清水だが、この勝負には疑惑もあった。34秒42を出したフィッツランドルフの1本目のスタートは、フライングのような飛び出しだったからだ。そのレースの100m通過は清水より速い9秒44で、2本目の9秒70と比べても明らかに速すぎるタイムだった。フィッツランドルフの他のレースを見ても彼の100m通過は9秒7台が多く、最初の100mで勝負する日本選手と比較すれば、後半のラップタイムで勝負するタイプの選手だった。割りきれない気持ちも残った。

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