女子体操・村上茉愛がSNSの誹謗中傷問題で思ったこと。「うまく伝わらないのであれば、 本当に思っていることは発信できない」

  • 佐藤俊●文 text by Sato Shun
  • photo by JMPA

 演技する前、3位のアンジェリーナ・メルニコワ(ロシア)は14.166点。村上は、同点で3位に並んだ。だが、演技後スコアが出た瞬間、少し首をかしげた。

「演技の割には点数がもらえなかったのが、あの表情に出てしまいました。想定外でしたね(苦笑)。監督からは、『いい演技だったよ』と言われたんですけど、だからこそ金メダルを獲りたかったです。ただ、前の選手がすごくいい演技して、自分が最高の演技をしてもメダルに届くかどうかのなかで、あの演技をできたことは選手として自信と誇りを持てました」

 表彰台、隣には同点で3位に入ったメルニコワがいた。メダル授与の時、村上は自分が受けとった花束をメルニコワに渡し、そのお返しをもらった。

「体操の場合、同率の順位になることがあまりないんです。同点でも芸術性の高い選手の順位が上になるのですが、今回はそれも一緒ですごく珍しかったですし、ドーハの世界選手権で私が勝って彼女が泣いているのを見たことがあって......。それを知っていたので3位に一緒になれたことがうれしくて、何かしたいなぁって思った時、プレゼンターからの花束を渡そうと思ったんです」

 体操のアスリートたちは、国が異なってもお互いをリスペクトし、お互いの演技に拍手し、声を掛け合う。体操は、大きなワンチームとして競い合う温かい競技なのだ。

 胸に輝く銅メダルの重さを感じながら、村上は「続けてきてよかった」と改めて感じていた。本当は2016年、リオ五輪でメダルを獲得し終えたらその時、引退するつもりだったのだ。

「リオで団体4位に終わって悔しくて東京(五輪)を目指そうと思い、リスタートしたんですが、18年に腰のケガから代表落ちして2年間戦えなかった。でも、腰がよくなってきて、さぁこれからという時、コロナ禍の影響でまた体操ができなくなって......。それが一番つらかったですね」

 緊急事態宣言が発令されて自粛期間が設定されると、寮から自宅に戻った。体育館などは使えず、練習はできない。自宅で引きこもりのような生活が始まると、心が荒んだ。

「張り詰めた気持ちが崩れ落ちてしまって、荒れていましたね。自宅から外に出られないので練習には行けないですし、ちょっと動けてもどうせ体操できないしって思うとやる気が全く出なかったです。食べて、寝て、ストレッチして、食べて、寝る。そんな生活をしていて、体重も2キロ増えて......。もう体操をやめたいって母に当たって、私ってこんなに毒舌だっけというぐらい激しい感情をぶつけていました」

 先行きが見えない状況、体操が練習できない苦しさから漏れた言葉は、どれも村上の心の声だったのだろう。精神的に追いつめられたなか、尖った本音を受け止めてくれたのは母だった。

「やめたいと言った時、母は『やめるのはいいけど、このまま終わると体操に未練が残るし、後悔するよ』と言ってくれたんです。わかるんですけど、その時はまだ荒れてて(苦笑)。でも、ネガティブになった私を最後まで受け止めて、応援してくれたのは母でした」

 母以外にもいろんな人に「茉愛ちゃんの演技がもう一度見たい」と言われた。周囲は、自分のことを応援してくれている。自分の気持ちは、どうか。村上は、なぜ東京を目指したのか、なぜ体操をやるのか、自問した。

「誰も悪くないなか、体操ができないのはつらいけど、やめられなかったのは、やっぱり体操がやりたいから。東京五輪でメダルを獲りたいから。3か月間、練習ができなかったんですけど、その期間にまた体操をやりたいと思ったので、練習再開になった時には、気持ち的にはスッキリしてすぐに体操に戻ることができました」

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