野口啓代、引退まで5年間の軌跡。覚悟の決まった選手ほど強いものはない (3ページ目)

  • 津金壱郎●取材・文 text by Tsugane Ichiro
  • photo by JMPA

 最大限の準備をして迎えた東京五輪。32歳の野口は予選と決勝を通じて、"クライマーは年齢を重ねても成長する"ということを示すパフォーマンスを見せた。

 3種目で最も苦手にしていたスピードは、予選で自己ベストの8秒23をマーク。1年前なら7位か8位が定位置だった野口が、決勝では1回戦を勝ち上がって4位を獲得した。

 得意のボルダリングでは決勝の課題に苦戦したが、3種目トータルでの勝負と割り切って、時間を残してアテンプトを切り上げるクレバーさを見せ、リードでは腕がパンプした状態から、すべてを出し切ろうとふり絞って手数を伸ばした。

 競技に挑む野口の一挙手一投足からは、現役最後の試合に余力も悔いも残さない決意がにじんでいた。だからこそ、最後の最後で銅メダルを手中にできたのだろう。

 それにしても、野口は本当に引退してしまうのだろうか。

 年齢やケガ、衰えで一度は考えた引退をしまい込み、肉体を限界まで追い込んできた。野口史上で"最強はいつか"と問えば、「今」と返ってくるはずだ。それだけに、どうしても引退の実感がないのだ。

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 野口といえば、ボルダリング・ジャパンカップ(BJC)だ。第1回大会から9連覇し、歴代最多の11度の優勝を誇る。

 ただ、現役最後となるはずだった2020年BJCは、「私にとって思い入れの強い大会なので、最後は優勝を狙っていきます」と宣言して2位。コロナ禍になったことで訪れた2021年BJCは、五輪に照準を合わせていたこともあって準決勝敗退で終えている。

 以前それとなく本人に伝えたらあっさり否定され、過酷なトレーニングを「もう一度」と言っているようなものだと理解しているのだが、いまだに心のどこかで願っていることがある。有観客で開催できるようになったら、2018年以来遠ざかっているBJCに忘れ物を取りに戻り、優勝を置き土産に競技を去る野口の姿を......。

 そんな妄想をするほど、彼女の引退に実感がない。来年のBJC、競技エリアに野口の姿がないのを見るまでは、しばらくクライミング大会で野口の姿を探してしまうのだろう。

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