大学中退、アルバイト生活、リオ五輪落選。そこから這い上がったカヌー足立和也「1番以外は目標としていません」 (3ページ目)

  • 佐藤俊●文 text by Sato Shun
  • photo by Getty Images

「この頃、上に上がっていきたいという気持ちがより強くなりました。明日、食事を買えるだけのお金があるかどうかもわからない。この先、自分はどうやって生きていくのだろう。本当に生きていくのが精一杯でしたから......。でも、この競技を続けて上を目指して頑張って世界一になればいろんなものが見えてくるかもしれない。そう思うと飢えますよね。とにかく勝ちたい。常に勝ちたい、でした」

 勝利への飢餓感は、アスリートならば誰もが保持しているものだ。だが、足立の欲求は環境的に恵まれない中での競技生活だったため、より根深く、強いものだった。そして、その熱い気持ち、カヌーへの情熱がいろんなことを可能にしていった。

 たとえば、自分だけの国産ボートの製作だ。

 カヌーのボートは、主に東欧で作られており、足立も当初はポーランド製のボートを使用していた。ボートはカヌーの選手にとっては命のようなもので、どれだけ自分好みの完成度の高いボートを作れるかが重要になってくる。その際、海外の選手は自国や隣国から常時メーカーと連絡を取り、細かいところを指定、自分の目で確認して、自分だけのボートを完成させる。日本の足立はメールでのやりとりが主になり、言葉の壁もあり、細かいところまではなかなか伝わらない。

「そうなると違うものだったり、見当違いのものが出来てしまうんです」

 市場コーチは、その状況を打開すべく国産でボートを作ろうと静岡県のレーシングカー設計会社にお願いをした。そして、レーシングカーの技術を活かしたボート作りを実現したのだ。

「最初は市場さんの思いつきだったんですが、そういうところを可能にするのがすごいところです(笑)。国産のボートが作れると聞いた時は本当にうれしかったです。細かくやりとりができますし、ミリ単位での修正にも応じてくれます。僕は硬いボートが好きなんですよ。硬さは反応の速度に繋がるので、自分も早く動けて、コンマ数秒を削ることができます。ボートの性能を100%引き出すために肉体も変えて合わせてきました。このボートで恩返しをしたいですね」

 市場コーチと二人三脚でやってきて、家族よりも長い時間を過ごしてきたことに足立は感謝の気持ちを隠さない。そして、家族への感謝の気持ちも非常に強い。

 奥さんのれみ奈さんとは、彼女がドイツに留学中、オフにプラハに友人と遊びに来ていた時に出会った。たまたまチェコに試合に来ていた足立が、日本語が恋しくなって声を掛けたのがキッカケだ。2016年に結婚し、翌年に娘が生まれた。遠征などで長期間、家を空けて戻ってくると娘が「誰、この人」と怪訝な表情をするのが「すごく寂しかった」と苦笑するが、一緒にいることで癒されるというよりも刺激を受けるという。

「成長速度がすごく早くて、そういうのを見ていると、なんか負けられないと思うんですよ(笑)」

 もちろん妻への感謝の気持ちも忘れていない。

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