ウインドサーフィン須長由季、9年越しのリベンジへ。「五輪の借りは五輪でしか返せない」 (3ページ目)

  • 佐藤俊●文 text by Sato Shun
  • photo by Kyono News

 残念ながら五輪出場はかなわず、須長はウインドサーフィンの世界に戻ってきた。

「470級よりもウインドのほうがスピードがあるし、もう1回自分の原点であるウインドで五輪を目指したいという気持ちがふつふつとわいてきたんです。ただ、470級をやったことでウインドにもプラスになることが多かったです。ヨットのほうがより緻密なので、こうしたら速く走れるんだとか、風を使って走る原理がすごく勉強になりました」

 ウインドをリスタートする際、須長は、セイルナンバーをJ-470にした。

「セイルナンバーは自分で選べるんです。私は、470級の経験を忘れないように、自分にしかつけられないナンバーかなって思ってJ-470を選びました」

 須長は、そのナンバーとともに戦い、2020年2月に東京五輪の代表内定を勝ち取った。さぁ東京五輪に向けて最後の調整をと思った矢先、気持ちをへし折られる事態に陥った。コロナ禍の影響により東京五輪の1年延期が決定したのだ。

「ショックでしたね。五輪まで標準を合わせてきて、あと少しという時に延期になったのでメンタルの部分で大変でした。あと、現実的な問題としては1年間延びたので、コーチを雇っていましたし、遠征費、合宿費など、どうしようか‥‥。もう頭が痛かったですね」

 1年分の強化費用を調達しなければならなくなり、スポンサーを探した。なかなか見つからず地元の記者に相談したところ、地元で応援団を作ろうという話になり、「須長由季 横須賀市民応援団」が設立された。さらに横須賀市の体育協会から資金集めの案としてクラウドファンディングの提案を受けた。

「それを聞いた時は嬉しかったですね。横須賀市のみなさんや市が私のために動いてくれたり、計画を立ててお金を集めてくださる。驚きもありましたし、感謝の気持ちでいっぱいでした」

 クラウドファンディングの特典は、市の関係者が海に入りながら写真を撮ったものをカレンダーにしたり、セイリング中の動画を出したり、自分たちがお金をかけずにできる範囲のものでお返しをした。最終的に両団体から499万円もの寄付が須長に手渡された。熱いサポートを受け、東京五輪は横須賀市への恩返しの気持ちを込めて戦うという。

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