2020.10.12

ドーピング問題で欠場選手も出たリオ五輪。三宅宏実の銅メダルの価値

  • 折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by PHOTO KISHIMOTO

 しかし、リオへの戦いは苦しかった。15年の世界選手権では48㎏級で193㎏を挙げて3位になったが、その後は左膝や腰痛などの故障が続いた。リオ五輪本番も腰痛が悪化し、痛み止めを打った上に座薬や服用薬まで使用する満身創痍での挑戦だった。

 それでも三宅にとって、追い風となる条件もあった。ロシアがドーピング問題で出場停止になり、北京とロンドンの両大会で優勝した強豪の中国が他の階級での金メダル獲得を優先した。中国は記録がやや低迷していたこともあって、金メダル獲得の確率が高い75㎏超級に選手を出し、48㎏級に出場させなかった。(※五輪の重量挙げは国別の出場枠があり階級を選ぶことができる)

 リオで手ごわい相手となりそうだったのは、前年の世界選手権53㎏級4位から階級を落としてきたソピタ・タナサン(タイ)と、世界選手権で194㎏2位のテイタテフェン・ブオン(ベトナム)。さらに直前のアジア選手権で191㎏を挙げていたアグスティア・スリワーユニ(インドネシア)だった。

 そうした中で、三宅はメダル獲得に照準を絞っていた。スタート重量を万全な体調だったロンドンのスナッチ83㎏、クリーン&ジャーク108㎏より下げ、81㎏と105㎏とした。これは、勝負所でメダル圏内の重量に挑戦する作戦だった。当日の体重はバーベルの重量に少しでも耐えられるようにするために、これまでの47.5㎏以下を、出場選手の中で最も重い47.95㎏とし、ギリギリの調整をした。

 だが、その調整が逆に、彼女の緊張感を増幅させ、スナッチでの苦しいスタートにつながったのだ。