日本国籍を取得し結婚もした魁聖。同期が次々に引退するなかで抱く夢 (2ページ目)

  • 武田葉月●取材・構成 text&photo by Takeda Hazuki

 場所前、旭天鵬関が優勝すると予想した人は、ほとんどいなかったと思います。でも、長い相撲人生、真面目に稽古していればこういうこともあるんだな。神様はすごいプレゼントをしてくれるものだな......と思いましたね。

 モンゴル出身の旭天鵬関は、2005年に日本国籍を取得して、今は太田勝さんという名前になりました。将来、相撲協会に残ることなどを考えて取得したと聞いていましたが、この頃から僕も「将来、どうしようかな?」と自らの国籍のこと、つまり帰化するかどうかを考え始めました。

 日本に来て何年も経っていたし、日本はとても住みやすい。相撲を辞めても、ずっと日本にいたいな......というのが僕の気持ちでした。

 ただ、旭天鵬関は日本人になると決まった時、「モンゴルを捨てる気か!」などとモンゴル国内でバッシングの声が上がったそうなので、僕もブラジルの両親にどう話を切り出したらいいか、ちょっと迷いましたね。

 それでも、実際に話をしてみると、お父さんは「自分のことだから、別にいいんじゃないか」と言ってくれました。お母さんのほうはちょっと迷っていたみたいで、最初「う~ん......」と言っていたけれど、最終的には「大丈夫よ。ぜんぜん大丈夫よ」と僕の選択に賛成してくれました。

 僕の場合、子どもの頃からずっと日本に行きたいという気持ちが強かったですし、お祖母ちゃんから日本の話を聞いて育ってきたから、日本国籍を取ることは自然な流れだったのかもしれない。もし力士になっていなかったとしても、他の仕事で日本に来ていたんじゃないかな?(笑)。

 帰化申請の手続きは結構大変だったんですけど、2年越しで日本国籍を取得して、「菅野リカルド」になったのが、2014年11月のことです。もともと「リカルド・スガノ」だったから、あんまり変わらないけど(笑)、これで本当に日本人になれたんだとホッとしましたね。

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