2020.08.19

「もう終わりかな」と思ったフジカキペアが銀メダルを獲得できた理由

  • 折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by PHOTO KISHIMOTO

 そうした中、藤井と垣岩は、11年の世界選手権3位で同じルネサスに所属する先輩のペア末綱聡子・前田美順組を上回る日本勢最上位の世界ランキング4位でロンドン五輪に臨んだ。

 五輪の試合形式はそれまで、全選手によるトーナメント方式だった。だが、ロンドン大会からは、予選リーグを行なって決勝トーナメントに進出する形式が採用された。16組出場のダブルスは4グループに分かれ、各グループ上位2組が決勝トーナメントに進む。初採用の形式で生じた各ペアの思惑の綾が、藤井と垣岩に味方することになった。

 B組の藤井・垣岩組は、3試合目の程文欣・簡毓瑾組(台湾)に敗れて2勝1敗となり勝敗では3組が並んだ。それでも藤井・垣岩は得失点差でインドをわずか1点上回り、2位で決勝トーナメント進出を果たした。

 だが、別の予選グループでは異変が起きていた。北京五輪優勝の於洋が王暁理と組んだ中国ペアは、五輪レース期間に出場したすべての大会でベスト4以上、ほとんどで優勝する世界ランキング1位の絶対的な優勝候補だった。予選リーグA組でも圧倒的な力を発揮し、2戦終了時点で韓国の鄭景銀・金ハナ組と共に決勝トーナメント進出を決めていた。

 両者の対決となった最終戦で於・王組は、準決勝で同じ中国の田卿・趙蕓蕾組との対戦を避けるため2位通過としようと、サーブをわざとネットにかけるようなプレーをした。一方、韓国の鄭・金組にも決勝トーナメントの組み合わせを考え、故意に負けようとするプレーが見られた。結果は、0対2で中国が敗れたが、試合後に「無気力試合」と判定され、両組共に失格となった。