2020.01.29

思い出深い激闘。2004年アテネ五輪
「体操ニッポン」復活の名場面

  • 折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by PHOTO KISHIMOTO

 滑り出しは順調だった。8月14日の予選は6人中5人が演技を行ない、得点の高い4人の点数が採用される形式だ。冨田と、もうひとりのオールラウンダー、米田功が全6種目に挑戦した。最初の跳馬を38.412点でスタートすると、次の平行棒と鉄棒では38.924点と39.049点と、全体1位の得点を出した。ゆかは3位で、あん馬とつり輪は2位。安定感を見せた日本は、合計232.134点の1位通過で決勝進出を決めた。

 2位には前年の世界選手権2位のアメリカが1.175点差で続き、3位は2.115点差のルーマニア。前年の世界選手権王者で、今回の五輪最大のライバルと目されていた中国は、2.672点差の229.507点で4位という予想外の結果だった。

 2日後の決勝は、やや不安を感じさせる滑り出しになった。決勝は予選と違い、各種目で3人が演技をし、そのすべてが得点に反映される。つまり、ミスは許されない。日本はアメリカ、ルーマニア、中国と共にゆかから競技を開始し、他の4カ国は鉄棒から演技を開始した。

 ゆかは、予選で共に全体4番目の9.725点を出していた米田と塚原直也、中野大輔の3人が演技をした。塚原と中野がミスをして、9.312点と9.412点。米田も9.587点で合計は28.311点。一方、アメリカは3人とも9.7点台を出してトップに立ち、日本は0.826点差を付けられた。鉄棒から始めた4カ国と合わせると、日本は7位という順位からのスタートになった。

 だが、日本は次のあん馬ですぐに巻き返した。共に予選の得点よりは低かったものの、塚原が9.650点を出すと、冨田も9.675点。そして鹿島は9.750点を記録して合計29.075点。アメリカとルーマニアに次いで3位に浮上した。ライバルの中国は、最初のゆかでミスを連発。日本とは1.000点の差が開き、あん馬では29.299点を出したものの、追い上げきれない状況になった。