2019.11.17

公務員試験合格→和歌山県庁内定。
それでも御嶽海が角界を選んだわけ

  • 武田葉月●取材・構成 text&photo by Takeda Hazuki

 その頃からのライバルは、今幕内で活躍している北勝富士や十両の翔猿たちです。平成4年度(1992年)生まれの僕らは、地方巡業の時とか、一緒につるんで食事に行ったり飲みに行ったりしているんですよ。

 高校を卒業する頃、相撲部屋からの勧誘はたしかにありました。でも、相撲部屋に何度か見学に行かせてもらって、「厳しそうな世界だな……。僕には向かない」と感じていたので、大学進学の道を選びました。

 東洋大学相撲部に入部して、初めて寮生活を経験しました。みんなでワイワイ過ごすことが好きな僕にとっては、まったく苦にならなかったし、相撲に打ち込める生活はむしろ楽しかった。

“相撲一色”でしたけど、大学には女子もたくさんいて華やか。なぜか、僕は同じクラスの女子たちの”女子会”に参加したりして、結構楽しんでいました。まあ、女子会に呼ばれるということは、男として見られていなかったのかもしれませんが……(笑)。

 大学2年生の時は、アマチュア相撲の最高峰の大会『全日本相撲選手権』で準決勝まで進んだんです。その時の相手は、日大の遠藤。今の遠藤関です。

 そこで、僕は敗れて3位。遠藤関は当時から相撲がうまかったけれど、本当に悔しかったなぁ~。

 大学4年生の時は、弾けました!

『全日本学生相撲選手権(インカレ)』で優勝。『全日本相撲選手権』でも優勝と、欲しかった2つの大きなタイトルを獲ることができました。

 アマチュア相撲の世界でこの2つのタイトルを獲ると、大相撲入りする際に、幕下10枚目格付け出しという資格を得ることができるんです。つまり、序ノ口から相撲を取らなくてもよくて、いきなり番付の上のほうにポ~ンと付くことができる。プロになる場合、とても有利な資格なわけです。

 でも、大学4年生の秋くらいまで、僕は大相撲に魅力を感じていませんでした。相撲部屋の生活は、規則が厳しそうだし、ケガをしてしまえば、一貫の終わりですから。一人っ子で、いずれは両親の面倒も見なければならない。そう考えると、安定した生活を望むものですよ。