2019.10.29

井村雅代が中国で成したもう一つの偉業。
政治の枠を超え、抱擁を生んだ

  • 木村元彦●文 text by Kimura Yukihiko

 2012年8月11日。スポーツ紙「中国体育報」が一面トップに持ってきた一枚の写真がある。初めて見たその構図を前に井村はふと、「私はこれのために頑張ったのかもしれない」と思った。チームの全選手がひとつになって抱き合っているのだ。

ロンドン五輪でフリールーティンの演技後に抱き合う中国の選手たち photo by ロイター/アフロ

 大見出しは、テーマにした「バタフライ」へのオマージュで「8つの蝶が水中で華麗に花開いた」。

 記事は続ける。「2008年以来、歴史を作ってきたシンクロの女子は、昨晩また新しい成功を手にした。選手はお互いに抱き合って泣いています。私たちは日本の井村さんに感謝しています」

 一見、何でもないメッセージのようだが、深い意味を持つのは、「お互いに抱き合って泣いています」の一文である。

 北京大会で初のメダルを戴冠したとき、選手たちはもちろん歓喜の声を上げた。しかし、抱き合ったのは四川、広東、福建、雲南…、それぞれの省の役人たちとだった。ところが、4年後、ロンドンではサブの選手も含めて省の枠を超えて選手だけで抱擁したのだ。初めての出来事を記者は感動に震える筆致で伝え、井村への謝辞を書いたのだ。

 中国チームは、名実ともにひとつになった。選手たちは井村の首にメダルを捧げた。選手は井村をずっと見ていた。この監督は私たちをどこに導こうとしているのか。私たちをスポーツ以外のものから守ってくれるのか。

 井村は公正かつ真っ直ぐに競技の実力だけで評価をした。慕ったのは選手だけではなかった。中国の体育協会の幹部が言った。

「先生の一番大きな偉業は、中国のシンクロを強くして下さったことではありません。日本の人たちが中国の大会において観客席で何の遠慮もなく日本の選手を応援できるようになったんです。それこそが先生の功績なのです」

 幹部は日本人が当たり前のように日本選手を応援できる環境になったことが嬉しいと言った。ロンドン五輪のこの年には、9月に尖閣諸島に端を発して過去最大の反日デモが起こっていた。日系企業の工場や販売店が放火され、日本車が破壊されるという事態に及んでいた。それでもシンクロの会場だけは空気が違った。日本選手に対するリスペクトが全体を包む。井村の活動は観客席の人々を皆、親日家に変えていたのだ。

 メダルという結果だけではない。

「このために私は中国でがんばったのかもしれない」

 選手が全員で抱き合う写真を前にそう思う人格だからこそ、成し遂げられたひとつの奇跡。スポーツは常に政治に負けるが、稀に政治を超越させる指導者が現れる。その「中国体育報」は、今でも井村の書斎の一番大切な引き出しに保管されている。

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