「美しい日本のシンクロを守る」井村雅代は批判覚悟で中国に向かった (2ページ目)

  • 木村元彦●文 text by Kimura Yukihiko

 生徒が人の道に外れたことをすれば厳しく叱るが、絶対に見捨てない。指導にあたった不良少女たちはやがて、全力で怒り、全力で愛情を注いで正面からぶつかってくる新任教師に懐いていった。

 ある日、不良グループの男子生徒がやってきて、井村にくしゃくしゃに丸められた手書きのメモを渡すと走り去った。彼はパシリだった。紙を広げたとたん、井村は走り出した。そこには自死を予告する文字が並んでいたのだ。

「SOSや」

 書いたのは誰かすぐにわかった。何度も生活指導したやんちゃな女生徒だった。異性関係が原因だった。

「私に助けを求めている。絶対に近くにいる!」

 片っ端から、校舎の女子トイレを叩いて回った。階上の奥の個室だけ、鍵が閉められていた。

「〇〇やろ! おるんやろ! 開けなさい」

 生徒の名前を叫びながら、ドアに飛び乗った。果たしてそこには、感冒薬を大量に飲み、手首を切った少女が血だらけでうずくまっていた。必死に助け出し、同僚教師の車で病院に急送した。一刻も早く止血をして欲しいと焦る井村の前で若い医師は生徒に向かってゆっくりと言った。

「君はどうしたいんや。治して欲しいんか? このままでええのか?」

「...治して欲しいです」

「よし、分かった」

 迅速に看護師に指示を出すと即座に手術に入った。井村は修羅場を見てこれは学ぶとこや、と思った。他の教師は自殺未遂事件に対して及び腰で「病院に送ったら、もう関わらんほうがええですよ」と言う者さえいたが、井村は毅然として翌日も病院に向かって生徒と家族を見舞った。

「どんなに荒れた環境でもたった10代で人生をあきらめたらあかん。生きていくうちに絶対に目標は見つかる」

 目的が持てずに刹那的に生きて、もう自分の人生はこんなもんやと、決めつけている生徒に生きる目的を持たせることを井村は自らに課した。複雑な家庭環境は千差万別で、子どもたちの描く未来もそれぞれに異なるが、個別にしっかりと向き合って来た。

「それに比べたら、シンクロの指導のほうが楽ですよ。すでにメダルという明確な目標があるんですから」

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