2019.01.17

稀勢の里が師匠の教えを胸に貫いた
「力士の美」「ラオウへの憧れ」

  • 松岡健治●文 text by Matsuoka Kenji
  • photo by Kyodo News

 その教えを守り、勝っても負けても正々堂々を貫いた稀勢の里は、朝青龍、白鵬、日馬富士、鶴竜といったモンゴル出身の横綱たちにも、まさに”孤軍奮闘”の形で果敢に挑んだ。

「自分が成長できたのは、朝青龍関をはじめ、モンゴル人横綱の方々のおかげだと思っています。朝青龍関の稽古を巡業で見て、その背中を追いかけて少しでも強くなりたいと稽古しました。日馬富士関にも、苦しいときにいいアドバイスをもらったこともありますし、非常に感謝しています」

 モンゴル出身の4横綱の厚く高い壁に挑むことが、力士としての成長につながった。番付が上がっていっても真摯な土俵態度がブレることはなく、大関、そして横綱へと昇進したが、その後は苦しい時期が続いた。

 横綱に昇進して初めての場所になった2017年春場所で、左腕と胸を負傷しながら優勝したものの、翌場所から8場所連続休場。横綱としてわずか36勝しかできず、朝青龍、白鵬が残した成績と比べると、”綱の責任”を果たしたとは言えない。そのため一部からは、「横綱の権威を汚した」「史上最弱」という批判も浴びた。

 ただ、正々堂々を貫くことが大相撲の根幹であるならば、稀勢の里の相撲には、勝っても負けてもウソ偽りのない真実があった。「勝ってくれ」と祈ると負けてしまう。優勝まであと一歩のところで挫折してしまう。そんな現実を浮かび上がらせてくれたからこそ、相撲ファンはその勝敗に自らの人生を重ねて一喜一憂し、声援を送ったのだ。

 引退会見の中で、8場所連続休場中に「潔く引退するか、ファンの人たちのために相撲を取るのかというのはいつも稽古場で自問自答していました。このような結果になってファンに人たちに申し訳ないという気持ちです」と葛藤していたことを明かした。ただ、信念は曲げなかった。

「絶対に逃げない。その気持ちだけです」

 それは土俵に誠をささげた男だからこそ口にできる言葉だった。ひとつの白星をつかむためにどれだけ努力し、汗を流さなければいけないのか。嘘をつかない相撲を取り続けている力士の代表として、自らの体を犠牲にして”本物の姿”をファンに伝えた。白星よりも大切なものがあることを教えてくれた横綱。それが稀勢の里だった。