限界から見せた最後の手伸ばし。野口啓代がアジア女王の座を掴み取る (2ページ目)

  • 小崎仁久●文・撮影 text & photo by Kosaki Yoshihisa

 逆転優勝のためにリードでも1位を狙ったが、ここまでの疲労で途中から本来の登りができなくなった。最後の数秒は「優勝したい」という気持ちだけで手を出し、なんとか2位に食い込んだ。同種目を3位で終えたサ・ソルと同点となり、しばらくは「どちらが勝ったのかわからなかった」というが、ボルダリングとリードの2種目でサ・ソルを上回った野口が金メダルを手にした。

「精神的にも肉体的にもきつかったですね。でも、今シーズンはアジア大会で優勝することを目標にやってきたので、とても嬉しいです。この金メダルは重くて、ワールドカップのメダルより大きく感じます」

金メダルを手に満面の笑顔金メダルを手に満面の笑顔 今シーズンはアジア大会を勝つためにリードのワールドカップに出場するなど、ハードなスケジュールで試合を重ねていった。連戦で疲労が溜まるうえに、トレーニングが不足してフィジカルが弱くなったのを感じていたという。「もっとボルダリングをやりたい」「1種目に集中できたらもっと強くなれるんじゃないか」といった葛藤もあったが、それを乗り越えての優勝は大きな自信になったに違いない。

 目標とするアジア大会を制した野口だが、その視線はさらに先を見据えている。

「アジア大会に出たことで、あらためて3種目の中での自分の弱いところがたくさん見つかりました。3種目とも強くならないといけないんですが、コンバインドはスピードから始まるため、そこで下位になってしまうとボルダリングもリードもミスが許されなくなる。追い詰められてのトライになってしまうので、精神的にきつくなることを実感しました」

 東京五輪でもコンバインドが実施されることを考えると、スピードの強化は不可欠。これまではスピードのトレーニングに費やす時間がなかなか取れなかったが、この冬から来シーズンにかけてその割合を増やしていくだろう。

 同じくアジア大会に出場して4位に入った伊藤ふたばをはじめ、10代の選手が勢いを増すクライミング界で、いまだ日本をけん引し続ける29歳の野口。得意のボルダリング、リードに加えてスピードの力がつけば、さらなる進化を遂げることは間違いない。

 息をつく暇もなく、野口は9月6日からオーストリア・インスブルックで行なわれる世界選手権に出場する予定だ。心身ともに厳しい状態ではあるが、立ち止まってはいられない。野口が登り続ける険しい山の先は、2年後の東京五輪へと続いている。

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