葛西紀明、平昌は「レジェンド鳥人」
とならず。4年後は何が起きるか...

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by JMPA

 それぞれがうまく噛み合わない状態で、団体戦でも、6位から浮上の気配を見せられずにそのまま終わった。

「シーズン序盤に、不安や迷いそうになったことを考えれば、『よくここに合わせてこられたな』とも思いますが、そういう迷いや不安をそのまま五輪まで引きずってしまっていたんじゃないかなと思いますね。こういった大舞台で最高のパフォーマンスを出そうとする時は、いざ滑り出してみると、いろいろな不安を自分の中で考えてしまうんです。そうなるとやっぱり、パーフェクトなジャンプはできないんだと、改めてわかりました」

 そう話す葛西の不安の根源は、ソチ五輪で銀メダルを獲得して以降は講演や行事など、ジャンプ以外のことに多くの時間を割かれ、夏場の練習をしっかり積めなかったことにある。ただ、それでもソチ五輪翌シーズンは1勝を含めてW杯で6回表彰台に乗って総合は6位。その翌シーズンも6回の表彰台で総合8位と安定していた。昨シーズンも終盤のフライングヒルで2度表彰台に乗っている。

 葛西はずっと「夏場の練習は以前に比べるとまったくできていないのに、何で成績が出るのかわからないんです」と首をひねっていた。その疑問を解消できなかったツケが、五輪シーズンになって一気に吹き出した形になってしまった。

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