「負けました」と言った羽生結弦の金メダル。ソチで起きた五輪の魔力 (2ページ目)

 一方、同じスキージャンプでベテランらしい落ち着きを見せていたのが、夏季・冬季通じて史上最年長の41歳で日本選手団主将を務めた、葛西紀明だった。

 7度目の五輪出場を果たした葛西は、男子ラージヒル個人で冬季五輪の日本人最年長となる銀メダルを獲得。その2日後に行なわれたラージヒル団体でも銅メダルを手にした。

スキージャンプ男子で2つのメダルを獲得した葛西photo by JMPAスキージャンプ男子で2つのメダルを獲得した葛西photo by JMPA この活躍を機に"レジェンド"という称号が一気に広まったが、当時の葛西は腰とヒザの状態が万全ではなかった。それでも2つのメダルを手にできた要因は、精神面の"成熟"にあったように思う。

 若い頃の葛西は、予選や公式練習でも常に全力で、悪く言えば"遊びがない"選手だった。しかし、経験を重ねたことで「とにかくメダル!」という前のめりな姿勢から脱却。ソチ五輪では自分の体の状態を見ながらジャンプの練習を控え、選手団の主将として他競技の日本人選手の応援に駆けつけるなど、精神的に安定した状態で競技に臨んだ。

 そんな葛西が、団体戦でもチームメイトの支えとなる。血管の病気であるチャーグ・ストラウス症候群を乗り越えた竹内拓、W杯で左ヒザを痛めた伊東大貴など、コンディションが芳しくなかったメンバーにとって、リーダー葛西の存在は頼もしかったことだろう。団体戦のあと、「自分だけでなく、全員でメダルを持って帰りたかった」と、葛西が個人のメダル獲得時には流さなかった涙を目に浮かべる姿が、強く印象に残っている。

 葛西は、私が冬季五輪の取材でもっとも長く追いかけている選手だ。ソチ五輪後に「50歳まで続けますよ」と笑顔で語ってくれた彼にとっては、45歳で出場する今年の平昌五輪もまだまだ通過点。今シーズンは調子があまりよくないが、決勝に進んだノーマルヒル個人、葛西の高い技術が生きるラージヒル個人・団体で会心のジャンプを期待している。

2 / 5

厳選ピックアップ

キーワード

このページのトップに戻る