2018.02.05

ベテラン記者は見た。「日本の
金メダル候補3人」が散った長野の悲哀

  • photo by Kyodo News

 ところが、2本目の途中でついに競技が中断となる。そのまま「再開は不可能」と判断されれば、1本目の順位が最終的な結果となって日本のメダルは消えてしまう。

 その窮地を救ったのは、ジャンプ台の調整役を担う25人の名もないテストジャンパーたちだった。安全性を証明するために転倒は許されない状況で、助走路の溝に残る雪を固めるために短い間隔で飛んでいく。歓声も拍手もない、異様な緊張感が漂う中で見事に役割を果たした彼らが、金メダルへの道を拓いた”陰のヒーロー”と言っても過言ではないだろう。

 そのテスト中に天候が回復して競技が再開されると、2本目は日本の1人目・岡部が白馬のバッケンレコードを更新する137mの大ジャンプでいきなりトップを奪う。続く2人目の斉藤も、強風をものともしない安定感のあるジャンプで首位をキープし、3人目の原田につないだ。

 観衆の期待と不安が入り混じる中、「脚の骨が折れてもいい」という決意で飛び出した原田。1本目とは比べ物にならない力強い放物線を描いて、岡部と並ぶ137mのバッケンレコードを記録した。この大ジャンプで他国と大きく差がついたところで、”絶対エース”船木が磐石のジャンプで締めくくり、日本は4年越しの金メダルを獲得した。

 長野で”リベンジ”を果たしたのは原田だけではない。2人目に飛んだ斉藤も、リレハンメル五輪では代表に選ばれながら出番がなく、長野で団体戦のメンバー入りを果たした際には涙を流したという。

 団体戦のメンバーは競技前日の公式練習が”選考会”となったが、そこまでに個人でメダルを獲得していた原田、船木はほぼ確定。残る2つの枠を争ったのは、斉藤と岡部、そして、葛西紀明だった。

 リレハンメル五輪で団体戦のメンバーだった葛西は、今度こそ金メダルをその手に掴むために燃えていた。3大会連続で日本代表に選ばれて長野五輪に挑み、ノーマルヒル個人で7位に入賞してはいたが……。

 大会の約1カ月前に足首を痛めた影響もあってか、団体戦前日の公式練習では思うようなジャンプができずにメンバー落ち。悔しさのあまり、団体戦の最中に「落ちろ!」と日本選手たちの失敗を願っていたという葛西が、再び五輪の表彰台に立つまでには16年の歳月を要することになる。