幻覚が襲う過酷なレースで、鏑木毅は
挫折だらけの人生をリセットした

  • 松田丈志●文&写真 text & photo by Matsuda Takeshi


 鏑木選手は自分のことをランナーとしては三流、四流という。

 そんな特別才能のない自分が世界で3位になれた。

 それは挫折の連続だった人生前半の思いをリセットする、大きな成功体験となった。しかしその世界3位という地位が、のちの鏑木選手を苦しめることになる。


「世界3位」の呪縛

 UTMBで3位になったことで、世界トップのトレイルランナーとして認められた鏑木選手。

 でも一度高い位置まで登り詰めてしまうと、その立場を維持したいと思うのが人間だ。

 その後、鏑木さんは自分自身に世界トップであり続けることを求め、スポンサーなど周囲もそれを期待した。ただその思いと反比例するように、鏑木選手の体は年齢を重ねていく。

 プロとして結果を出し続けなければならないプレッシャー。「世界3位」であり続けなければならないという焦り。やっとの思いで手に入れた輝きを失いたくない。

 その理想と現実のギャップが異変として吹き出したのが、45歳のときフランス領レユニオン島でのレース中に起こった心臓トラブルだ。

 結果だけを求めて走るプレッシャーとストレスに体は耐えきれなくなっていた。その時、鏑木選手は「このままでは俺は死んでしまう」と感じたという。

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