幻覚が襲う過酷なレースで、鏑木毅は挫折だらけの人生をリセットした (2ページ目)

  • 松田丈志●文&写真 text & photo by Matsuda Takeshi

 ただUTMB のように160〜170kmを走破するようなレースでは、その過酷さは私たちの想像を絶する。20時間寝ずに走り続ける異常な状態。極度の疲労を体に抱えながら走るので、脳はそれを生命の危機と判断し、レースをやめさせようと、さまざまな幻覚を見せることさえある。突然、過去の記憶が走馬燈のように蘇り、それが連続的に流れると鏑木さんは語る。

 しかし、その幻覚も何度か経験していると、レースの一部として織り込み済みになり、"そんなことで騙(だま)されないぞ"と自分の脳を客観視できるというから驚きだ。

 鏑木選手は、レース中は自分の脳との戦いでもあると語ってくれた。

 私も競泳をやってきて死ぬほどキツイと感じるトレーニングをしてきた自負はあったが、さすがに幻覚を見るような、いわゆる「生命の危機」まで経験したことはなく、私の想像を超えた凄い世界だなと感じた。


挫折の連続だった鏑木毅の半生

 鏑木選手は異色のランナーだ。

 鏑木選手は人生の前半は挫折の連続だったと語る。

 子供の頃はいじめられっ子。ただ唯一、運動を長く続けることだけは得意だった。その特技を生かして中学で陸上部に入り、高校でも続けていたが、坐骨神経痛になり、レースに出られなくなる。

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