稀勢の里と貴乃花。2人の奇跡に通じる「ファンへの想いと土俵の鬼」 (2ページ目)

  • スポルティーバ●文 text by Sportiva
  • photo by Kyodo News

 緊迫の夜。稀勢の里と親交の深い知人は状態を心配して電話を入れた。今後の相撲人生を考え、「ここは休んだほうがいい」と伝えると「出ます」と即答されたという。繰り返し説得しても答えは変わらず、稀勢の里はこう続けた。

「チケットを買って、自分の土俵入りを楽しみに来てくれるファンの方たちのために出るんです」

 強い決意で土俵に上がった14日目は、横綱・鶴竜に一方的に敗れた。ケガの影響は深刻だったが、千秋楽に出場する意思は不変だった。チケットを買ったファンは、その日がもしかしたら最初で最後の相撲観戦になるかもしれない。先述の知人によると、稀勢の里はそんなファンとの一期一会を大切にしていたという。八角理事長(元横綱・北勝海)が「今後、語り継がれる逆転優勝」と絶賛した賜杯は、ファンのために自らの相撲をささげた真心の優勝だった。

 今回の優勝に重なるのは、当時の小泉純一郎首相が「感動した!」と絶叫した2001年夏場所での横綱・貴乃花(現親方)の優勝だ。14日目に武双山に敗れて右ヒザを負傷した夜、師匠で父親でもある二子山親方(元大関・貴ノ花)から休場を勧告されたが、「ファンの方が待っていますから」と出場を決断した。

 迎えた千秋楽では、本割で武蔵丸に敗れたものの、優勝決定戦は気迫の上手投げで勝利し、22回目の優勝を決めた。勝った瞬間の鬼の形相は、今でも色あせない伝説として相撲ファンの記憶に残っている。そんな歴史に残る優勝の根底にあったのは、やはり「ファンのため」という一念だった。

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