【大相撲】怪物・逸ノ城が今、直面している三役の壁

  • 福留崇広●文 text by Fukutome Takahiro
  • photo by Kyodo News

 昨年の九州場所(11月)に初土俵を踏んだ力士が、わずか1年でここまでの実力をつけたこと自体、その潜在能力は本物と言える。

 ただ、秋(9月)場所の快進撃でファンがかける期待は、三役ではなく将来の大関、横綱だ。現在の番付は3横綱、3大関。下位にすべて勝っても上位に屈すれば成績は、9勝6敗どまり。大関昇進の内規は、三役3場所で合計33勝以上。つまり"クンロク"では条件に届かず昇進はかなわない。7日目までの3敗はすべて上位陣。この分厚い壁を突破しなければ将来、大関、そして横綱への道は開いてこないのだ。

 横綱、大関と三役以下の違いは何か。優勝31回の元横綱・千代の富士の九重親方は自身の経験を踏まえた上で「ひたむきな研究心」と明かす。1984年秋場所。蔵前国技館最後の場所で大旋風を巻き起こしたのはハワイ出身の怪物、小錦だった。入幕2場所目の西前頭6枚目で優勝争いに加わり14日目に割が崩れ、千代の富士が迎え撃つ一番が組まれた。  

 結果は、一方的に突き押され完敗。最強の横綱が小錦のプッシュに体が浮き上がる姿に国技館は静まり返ったほどだった。黒船襲来とうたわれた当時の小錦旋風は先場所の逸ノ城と重ね合わせることができる。

 九重親方が明かす。

「小錦とは本場所の相撲を見ていただけで、それまで稽古でも胸を出したことがなかった。頭の中でこれぐらいの力だろうと思ったが、実際に肌を合わせると想像を超えていた。そこから反省してどうすればいいか。何をすべきかを考えた」

 考えるだけでなく行動に移した。小錦のいる高砂部屋へ出稽古に行き徹底的に稽古した。そこで相手の弱点、あの巨体を攻略するための立ち合いの踏み込みを磨いたという。研究と努力の成果で翌場所から8連勝。

「上位にいる力士は、相手のことを研究してそこで何が必要なのかを考えて稽古をやる。これがなければ生き残れない」。

 大横綱の言葉は、先場所、逸ノ城に負けた鶴竜、豪栄道の取り口に表れている。立ち合いが遅い怪物の弱点を研究し、鋭い踏み込みで199キロの巨体を後退させた。豪栄道は取組後、「ビデオを何回も見て研究した」と明かした。

 さらに鶴竜は、逸ノ城を倒した翌日の7日目の朝稽古後に「1度、胸を合わせれば相手の力は分かる。その感覚があれば、攻め方も自ずと考えられます」と胸を張った。

 秋場所後の巡業で鶴竜は徹底的にぶつかり稽古で胸を出した。さらに朝稽古で逸ノ城の他の力士との申し合いを見て「この攻めは強い。逆にこう攻められると弱い」と看破。帯状疱疹で逸ノ城は巡業を途中で休んだが、わずか1、2日の稽古ですべてが分かったという。「13年も相撲を取ってますから」と横綱。

2 / 3

厳選ピックアップ

キーワード

このページのトップに戻る