選手がナショナルトレセンから受ける、無形の恩恵 (3ページ目)

  • 佐藤 俊●取材・文 text by Sato Shun
  • 石山慎治●写真 photo by Ishiyama Shinji

 現在、NTCは、2020年東京五輪に向けてアカデミー3事業に取り組んでいる。

 1つめは「コーチアカデミー」である。シドニー五輪(2000年)で、柔道無差別級、篠原信一選手が決勝で誤審を受けた時、コーチ陣は主審に抗議をしなかった。正確に言えば、できなかった。異義がある場合はその場でしなければならないのだが、コーチは英語が話せないので、正式な抗議できなかったのだ。こうした語学を含め選手のために世界レベルで指導し、世界で戦えるコーチを育成している。

 2つめは「キャリアアカデミー」である。アスリートに一般常識を教えたり、セカンドキャリアの支援をしたり、また現役選手のためのキャリアアップなどを計る事業だ。

 3つめは「エリートアカデミー」である。これは世界で活躍し、金メダルを取れる選手を育成する事業である。中学、高校の6年間、NTCで生活し、365日、学校と練習という 日々を送る、まさにエリート養成「虎の穴」である。現在、レスリング、卓球、フェンシング、飛込み、ライフル射撃の5競技、計52名がエリートアカデミーに所属している。

「エリートアカデミーがスタートしたのは2008年でした。メダリストは一朝一夕では作れないですし、スターを待つのではなく、作っていかないといけない。そう、思ったからです。でも、最初はホームシックで毎日泣く子が出たり、途中でリタイヤしていく子もいました。その一方でメダリストになるためにすごく努力している子もいます。今は、リオ五輪の結果を見て、各競技団体でエリート養成事業を進行していった方がいいのか、それともJOC主導ですべきなのか、見極めていく予定です」

 NTCは、日本のトップアスリートのための施設であり、東京五輪に向けて様々な事業を展開しているが、地域密着にも積極的に取り組んでいる。というのもこの地は元々、野球などができるグラウンドで区民の憩いの場だった。そのためNTCを作る時、猛烈な住民の反対運動が起こった。実際、笠原氏が各地区の住民説明会に出向くと怒号が飛びかい、灰皿が飛んできたこともあったという。

「区民の憩いの場に一般の人は入れませんという施設を作れば、嫌な気持ちになるのは当然です。それでも、都議会や区民の説明会で丁寧に説明し、『北区からメダリストを出して、喜びを分かち合いましょう』と必死に訴えていくと、徐々に支援が広がっていきました。ただ、施設は一般の人に開放するわけにはいかないので年に1度、体育の日に無料開放して、内村選手が体操を教えたり、入江選手が水泳を教えたりする「お祭り」をしています。その他にも北区、板橋区の区民のみなさんだけを対象にした定期的な見学会を開いています。北京五輪後は、北区限定でメダリストとの握手会を極秘にやりました。今では、商店街でNTCを応援してくれたり、目の前の通りを板橋区が「アスリート通り」、北区が「ルート2020」という通りするとか、赤羽駅と十條駅をモニュメントで飾りたいとか、いろんな提案をいただくようになりました。こうした地元を巻き込んだ大きな盛り上がりが、メダリストを育てる相乗効果になれば、いずれ西日本方面にもNTCができるのも夢ではないと思っています」

 NTCでは、東京五輪に向けて地元を巻き込んでメダリストを生み、応援するという気運をうまく高めている。笠原氏は、その東京五輪をどういう位置付けとして考えているのだろうか。

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