東京五輪金メダリスト、三宅義信が語る過去と未来 (4ページ目)

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi
  • 鈴木昭寿●写真photo by Suzuki Terukazu

 世界と差が開いたことで、選手も諦めの気持ちを持たざるを得ない状況になっている。世界のトップと比較すると、日本のトップが持ち上げる重量が、世界では1階級下のトップ選手が持ち上げる重量と同じくらいになっているからだ。三宅氏は今の日本選手は練習時間も足りないし、創意工夫や栄養面での管理も足りないという。それに加え経済環境という問題もある。

「仕事の傍らに競技をするというのは難しいと思いますね。今は金メダルを獲っても食べていけないわけだから、ウエイトリフティングを足掛かりにして大学へ入り、就職するというのが恒例のパターンになっている。そうなると五輪も、参加することに意義があるという程度になってしまうから、世界の選手との次元がずれてきているんですね。五輪は金メダルを狙うところだから、金メダルを獲った選手とコーチにはそれなりの報奨金を与えて、本当に金メダルを獲ることを目標にさせなければダメだと思います」

 こう話す三宅氏は、今年ウエイトリフティングのマスターズ大会に飛び入り参加して、74歳でスナッチを40kg、クリーン&ジャークで60kgを挙げ、70~74歳の部の62kg級で日本記録を樹立した。そのニュースを見た人たちから数多くの電話や手紙をもらい、自分の行動でいろんな人に勇気を与えることができているのかなと感じたという。

「NPO法人の"ゴールドメダリストを育てる会"を設立したのも、自分ができる範囲でスポーツに恩返しをしたいと思ったからです。東京国際大学の監督を引き受けたのも同じ気持ちからですね」

 NPO法人で試みるのは、健康体力管理のためのプログラム作りや栄養指導だけではなく、自分の経験から導き出した自分しかできないスポーツを通じての精神面の育成だという。それとともに、トレーニング指導もやっていきたいと話してくれた。

「2020年に向けて、私やこの"育てる会"を選手たちにうまく使ってもらえれば有り難いという気持ちですね。(今年)10月に福島県の郡山市に作った道場も、選手たちの練習に使ってもらうだけでなく、一般の方たちの練習とか、障がい者なども含めた地域の方々の基礎体力作りの拠点になればいいと思っています。そういう形で東北の復興にも貢献していきたいと思っているんです」

 11月に75歳になる三宅氏の思いは今、大きく広がろうとしている。

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