オシムとチャスラフスカはなぜ親日家になったのか―東京五輪を考える (3ページ目)

  • 五十嵐和博●撮影 photo by Igarashi Kazuhiro

木村 そこが肝だと思うんです。日本人はすごくチャスラフスカが好きで、本も何冊か出ていますが、最後は心を病んだというところで終わっちゃっていました。誰もがチャスラフスカは廃人になったと言って、医者もサジを投げた。そこからびっくりするくらい元気になって、東日本大震災の後はすぐに復興支援のため東北に飛んできて、被災した子どもたちをプラハに連れて行く。健康な人でもなかなかできないとことをやりきった。オシムは脳梗塞で倒れて左半身がまだ不自由ですけど、相変わらずエネルギッシュにボスニアのサッカーのために奔走している。そこも通底しているような気がします。

――チャスラフスカが好きになった日本人。あるいはオシムさんが東京オリンピックの時に感じた日本人のホスピタリティ。2人が好きになった日本人の美徳というのは今どういう状態になっていると思われますか?

木村 50年前、僕はまだ生まれたばかりで記憶にないのですが、ホスピタリティ自体がこの時代の日本に確かにあったということだと思います。長田さんの本に出てくる大塚さんという人はベラが大好きで、本当にピュアな気持ちで家宝の日本刀を彼女に渡した。そういったものがあと6年経った2020年に、市民レベルから起こって来るのか。東京五輪の招致に関して、二言目には経済効果という話が出てきて暗澹たる気持ちになるのですが、これは本末転倒で、カネ儲け目的のために五輪をやるんだというなら、僕は初のイスラム国のトルコでいいじゃないかと思っていました。

長田 チャスラフスカは感受性が強いから、吸い取って返すという感じなんですね。たとえばピンバッジを一個くれるのでも、日本人はきれいな紙に包んで、それにまたリボンを巻いてくれる。日本人はどうしてそうなんだろうと感じて、ああ、日本人にはこうすればいいんだなと思うみたいです。2年前に来日した時も、友人へのプレゼントを一つ一つ袋に入れてありました。さまざまに日本人にはこういう方が良いんだなというのをキャッチして、返してくれる。それが日本人もまた嬉しいから、また返す。そういう関係が持てたのだと思います。

 東京五輪のとき、「トラック一台分のお土産があったそうですね」と聞いたら、もっとあったと言うんですよ。それは誇張でもなんでもなくて、彼女の家にお土産の館みたいなのができていて、その中に全部しまってある。もらった日本刀だって、経済的に困った時に売っちゃえば良かったのにと思うんですけど、そういう発想はないんです。私がチェコ取材の最後にチューリップを差し上げた時も、「嬉しいわ」と言った後に、なぜか桜の話になる。日本を連想させる話になるんです

 言葉以前に、相手のことを慮(おもんばか)れる人というのは、国と国を越えていくんだろうなという気がすごくします。そこはオリンピックやスポーツの一番良いところでもあります。なんとか最高のパフォーマンスをして、一番良いものを互いに見せ合う。もちろんできれば勝ちたいというのはあるんですけど、相手を踏みつぶしてでもいいから自分が前に行こうというのではなくて、居合いぬきみたいに、お互いにすごいね、ということでドキドキさせる。そこがエリートスポーツの良いところでもあり、互いへの尊敬や思いやりが国を越えて友情を育てる。次のオリンピックに最も期待しているところです。

木村 長田さんの本については、ベラが復活したのは日本人のおかげというただの日本人礼賛ものの本にしてしまったら、それはベラ自身を貶めてしまうことになるし、日本の美徳の精神にも反する、と思っていたんです。もっと多角的な視座を組み込んでもらいたいと思っていたら、見事にそういう本になっていました。この本のもうひとつの意味と言うのは、もう一度50年前に立返るべきじゃないかというところです。6年後のオリンピックで私たちが目指すべき、本当に良かったオリンピックの話として読んでほしいと思います。

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長田渚左 ノンフィクション作家。桐朋学園大学演劇専攻科卒。著書に『復活の力 絶望を栄光にかえたアスリート』『北島康介プロジェクト2008』『こんな凄い奴がいた』など。NPO法人「スポーツネットワークジャパン」理事長。スポーツ総合誌『スポーツゴジラ』編集長。日本スポーツ学会代表理事。淑徳大学客員教授。

木村元彦 ノンフィクション・ライター、ビデオジャーナリスト。中央大学文学部卒。著書に『誇り ドラガン・ストイコビッチの軌跡』『オシムの言葉 』(ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞)『蹴る群れ』『社長・溝畑宏の天国と地獄』『争うは本意ならねど』など。



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