名門レスリング一家の最終兵器・山本アーセン、リオ五輪への誓い (2ページ目)

  • 布施鋼治●取材・文 text by Fuse Koji ヤナガワゴーッ!●撮影 photo by Yanagawa Go

 いまではハンガリー語の読み書きは全く問題ない。昨年秋、現地で世界選手権が開催された時には、日本チームの通訳として駆り出されたほどだ。

「ハンガリーに渡ったことで精神的にすごく強くなったと思いますね。日本を離れて初めて親のありがたみもわかったし、行って正解だったと思います」

 ロシアとともに旧東ヨーロッパ圏は上半身だけを攻め合うグレコローマンスタイルが盛んな地域。日本ではフリースタイルの方が盛んだが、アーセンは小6の時からグレコローマンで勝負しようと心に決めていた。

「おじいちゃんがグレコローマンをやっていたというのもあるけど、過去のオリンピックを振り返ってみると日本はフリースタイルが強い。対照的にグレコでメダルを獲っている人は少ないじゃないですか(金は4名のみ)。だったら次は僕が獲りたい」

 同年代の選手中でアーセンの実力は抜きん出ている。留学先のハンガリー選手権を8連覇し、昨年の世界カデット選手権では、ヨーロッパの同選手権の絶対王者に君臨するトルコの選手を破って初優勝を果たした。

 今年はひとつ上の世代の大会――世界ジュニア選手権での優勝を狙うべく、4月26日、横浜で行なわれた全日本ジュニアレスリング選手権(年齢枠17歳~20歳)に66kg級で出場した。ほかの出場選手は全員大学生だったが、アーセンの存在感は突出していた。"スーパー高校生"と形容したくなるほど、実戦で活かせそうな筋肉の鎧(よろい)を身にまとっていたからだ。

 しかし、初戦でアーセンは涙を呑んだ。行く手を阻んだのはアーセンと並ぶ優勝候補の髙橋昭五(日本体育大学)。場外際の攻防でアーセンは巻き投げに行くふりをしてタックルへ。その動きに合わせて髙橋は横捨て身を決めた。アーセンからは髙橋の手が先に場外に出ていたように見えたので自分の得点になると思ったが、主審は髙橋に4ポイントを与えた。この場面が勝負の明暗を分けた。アーセンは、いまだに気持ちの整理はついていないと唇を噛む。

「敗因? 心の弱さが出ちゃったかな。試合が始まった直後は動きも良くて、自分のステップも踏めていた。組んでも、相手が逃げているのがわかった。正直、気を抜かなければ大丈夫だろうと思っていたんですけどね」

 試合後、カナダに住む母に電話を入れると、労いの言葉をかけられた。

「大丈夫。負けることも必要だし、練習なんだから」

 この一戦を映像で見た男子グレコ強化委員長の西口茂樹も「全く恥じることはない。いい勉強になったはず」と評価する。

「ただし殻に閉じこもっていたらダメ。リオデジャネイロ五輪に出たければ、全日本チームの合宿に参加して66㎏級のレベルを知った方がいい」

 この敗北をプラスととらえるように、アーセンも気持ちを切り換えた。

「同じ過ちをオリンピックやシニアの世界選手権で犯したらアウトじゃないですか。ジュニアの1年目で経験できたので意味のない敗北ではない。本当にいい経験になったと思います」

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