【レスリング】世界大会V14。ルール変更は吉田沙保里に「吉」 (2ページ目)

  • 宮崎俊哉●文 text by Miyazaki Toshiya photo by AFLO

 今大会前、グラウンド技を得意とするオリンピック3連覇中の伊調馨は、「いいですね。じっくり攻められるから、やりやすいです。自分にとっては有利だと思います」と、新ルールを歓迎していた。ただ、吉田にはスタミナという一抹の不安が残っている......。新ルールによって、レスリングスタイルがまったく異なるふたりの女王の明暗は分かれるのか、その点に注目が集まった。

 吉田を大学入学時から指導し続ける栄和人日本代表女子監督は、「新ルールの時間変更は日本に有利」と喜びながらも、この夏、吉田には徹底的な走り込みを指令した。前述した大橋と、同じ懸念を抱いていたからだろう。

 今夏、吉田は新潟県十日町の山中に設けられた『櫻花レスリング道場』前の急坂で、10歳近く離れた若手選手たちの先頭に立ち、必死の形相でトレーニングを続けた。人呼んで、「金メダル坂」――。今から10年以上も前の2002年、世界選手権・初出場初優勝を目指し、「この坂を登りきれば、金メダルがつかめる」と歯をくいしばって何度も何度も駆け上がった坂は、世界大会連覇の原点だ。レスリング界のみならず、国民栄誉賞を受賞し、スポーツ界全体の頂点に立ってもなお、吉田はそこに戻り、自らを追い込んだ。

 その結果、ブタペスト入りした吉田は、「やるだけやった」という充実感からか、終始、笑顔でリラックスした表情を浮かべていた。そして、栄監督や大橋監督が、「調整は万全。ロンドンオリンピック以上」と認める体調で試合に臨み、改めて世界にその強さを見せ付けたのである。

 1回戦、ルーマニアのパバル・アナ・マリアを相手に、得意のタックルはもちろん、相手の攻撃を冷静に見切ってのカウンターでもキレを見せ、7-0のテクニカルフォール勝ち。2回戦では、ロンドンオリンピック直前のワールドカップで連勝を止められたロシアのバレリア・コブロワ(旧姓ジョロボワ)に、これまた7-0のテクニカルフォール勝ち。続く、モンゴルのサンデフとの3回戦、ウクライナのイリナとの準決勝もテクニカルフォール勝ち。吉田はまったく危なげなく、決勝に進出した。

 そして金メダルを賭けて戦う相手は、スウェーデンのソフィア・マットソン。ロンドンオリンピックこそ7位に終わったが、世界選手権では過去に51キロ級優勝、59キロ級2位の実績を持ち、今年に入ってからは国際大会・5大会連続優勝。勢いに乗って決勝まで駒を進めてきた。しかし吉田は、タックルを警戒する相手に対し、タックル以外の技でポイントを重ね、5-0の圧勝。全試合失点ゼロで優勝を決めた瞬間、吉田は両手を広げ、さらに指を1本突き立て、世界選手権の優勝回数「11」を示し、自ら偉業を祝福した。

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